2020年7月11日 (土)

『日本沈没2020』

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☆☆☆ コロナ禍の世界で苦しんでいる私たちに寄り添ってくれる作品
 Netflixで公開された湯浅政明監督、待望の新作は、2020年現在の日本、いや世界が必要としている力作となっていました。物語は1つの家族からの物語が展開します。そこに様々な人々が関わります。さまざまな災いが訪れて、死も容赦なくやってきます。それはあまりに無慈悲であり、また唐突でもあります。しかし最後に残ったもの、それはやはり希望だったのです。
 先に断っておきますが、この作品は間違いなく賛否両論となるでしょう。『日本沈没2020』という題名から観客が期待するものが多種多様である上に、とことんミニマムに描いた作品世界や、一般的な日本アニメとは違うキャクターデザインや動きなどのビジュアルが、かなり個性的であることは間違いないからです。しかしそれでも私はこの作品を支持したいのです。
 否の意見を述べたい方の気持ちもわかるのです。人物を描くための時間的なバランス配分はあまりよいとは思えませんし、またエピソードとしての完成度はかなりばらつきがあります。何より災害シミュレーションとしてはディテールが雑すぎであることは私も認めます。あまりにも出来事が突飛な上に偶発的すぎると感じてしまうのは、構成上の問題で、やはり物語として説得力に欠けている面は否めません。また既視感のある部分や、ネイティブな発音となっていないのに英語連発というのはまるで原田眞人の作品みたいです(汗)。しかし本作の肝はリアリティでもないし、シミュレートすることでもない。湯浅監督がやりたかったことは、本作を意図的に寓話として描くことで、ミニマムでありながらも普遍性をもたせたかったのだと思います。聖書のさまざまなエピソードを想起させる部分が多いのは偶然ではないと思いますし、ロードムービーの変形版という見方もできるのです。
 喪失からの再生という点で言えば、私が真っ先に本作と近いイメージで思い出したのは「2009年6月13日からの三沢光晴」という書籍でした。この本は三沢光晴という男に突然永遠の別れを告げられた人たちの物語ですが、ここで取り上げられた人たちは当初はどう受けとめればよいのかわからない中、その忘れることができない重さと真摯に向き合おうとして、筆者はそれをそのままつかみとろうとしている本でした。だから私たち読者には新しい希望の芽生えのように感じました。本作もそうなのです。登場人物たちがもがきながら胸をはって前に進んでいる姿に「生きる」ことの素晴らしさを感じさせられたのです。
 最後のエピソードはいかにも湯浅監督らしいまとめ方で、監督の代表作『ピンポン THE ANIMATION』のような祝祭的なイメージで終わります。また本作を理解する上ではやはり湯浅監督のNetflix作品『DEVILMAN crybaby』が必要でしょう。あの世界と表裏一体になっています。『DEVILMAN crybaby』は絶望をつきつめて描写した先に、諦めに似た「達観」のようなものがありました。それは永井豪の原作からも感じられることでしたが、どことなく性悪説と世の中への憎悪がベースになっていたように感じます。本作も、その達観ぶりは共通しています。しかしとことんミニマムに描いたことで、それでも人間には生きる意味があり、人生には価値があるんだと我々に伝えているのです。
 万人の評価は得られないタイプだと思います。でもアニメーションならではでしか描けなかった「生きること」について描いたこの寓話的な作品は、それゆえうわべだけのもの    ではなく、私の今の心の奥底にまでストンと響きました。コロナ禍の世界で苦しんでいる私たちに寄り添ってくれる作品として、ぜひ皆さんにもみていただきたいです。

 

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2016年5月14日 (土)

『君が生きた証』

Rudder ☆☆☆1/2 「頼むからみて!」と伝えたくなる作品。 
 とにかく『ゲーム・オブ・スローンズ』第6章が大興奮モノなので、それだけでブログが埋まりそうなのですが、先月今月と映画の方も秀作にたくさん当たっていて嬉しいかぎり。劇場ですとやはり『スポットライト』が一番の見応えある作品でしたが、ホームシアター鑑賞作品ではこの作品が一番でした。ウィリアム・メイシーの初監督作品である本作は、本当に心揺さぶられる見事な作品でした。
 この作品の魅力は3つあります。まずドラマとして優れていること。ビリー・クラダップ演じる父親が銃乱射事件で息子が命を失ったことから喪失した自分の人生を、息子が遺した歌とアントン・イェルチン演じる1人の青年との交流で取り戻していく物語を丁寧に紡ぎます。また音楽映画として優れていることもあげられます。青年とのジャムセッション、その爽快感。バンド演奏の魅力である客やメンバーなど、誰かとつながる楽しさが描かれています。この2つがドラマを構成する縦糸と横糸です。そしてそれをひきたてるのが3つめの魅力、構成の妙です。予告編をみた方、私や他の人のレビューや解説を読まれている方、これ以上は事前の情報はない方がいいです。実は多くの観客を驚かせるであろう展開上の「!」があります。これをメイシーは初監督ながら余白のある描き方をすることで、実に味のある作品に仕上げました。最後に父親が歌うシーン、ここだけでもその演出力の確かさがわかろうかというもの、その語り口(挿入される場面の巧さ!)、曲のアレンジ(いや、これは狙ってますよ、ちゃんと)、そしてその見事な幕切れにグッとくるものを抑えられませんでした。
 本当にみてよかった。でもそれだけでなく誰かにこの素晴らしさを伝えられたら本当に嬉しい!(埋もれるにはもったいないこの輝きをもった作品の素晴らしさを伝えられる言葉がない自分が恨めしいのですが)みた人の心にそんな気持ちが残るであろう秀作です。

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2016年2月14日 (日)

『ホワイトハンター ブラックハート』

Whbh  鑑賞自体は2回目。1回目はVHSでしたが「なかなかいいんじゃない?」程度の評価でした。たまたま再生したら「!」どころではない、実はあまりに不遇な扱いを受けている大傑作ではないかと自らの認識を改めました。
 まず物語の複合的な構造が凄い。映画監督ジョン・ヒューストンをモデルにした主人公をめぐる台詞や行動に浮かび上がってくるのですが、それが実に示唆に富んでいるのです。文化の衝突、人間と自然、上流階級と下流階級、意志を貫くか周囲に合わせるか・・・。これは脚本の勝利でしょう(共同脚本になってるゆえに、どんな関わり方になっているか、とても興味がありますねぇ)。
 そしてあの幕切れ。彼にとって映画をとるとはどういうことなのか。直前の象狩りのインパクトが大きいゆえにあまり指摘されていないかもしれませんが、実は彼はハリウッドという町を愛しているように、映画作りも大好き。象狩りなんかより映画作りの方が遥かに。でもそれは愛憎半ばかもしれないし、その怖さもわかってきた。だから逃げたい気持ちもあったのかもしれません。でももう逃げない。あのイスに座る直前の彼は「監督」。それも一流の。
 『アフリカの女王』も名作ですが、こちらもそれに勝るとも劣らない傑作です。

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2014年1月 5日 (日)

『フライトナイト 恐怖の夜』

Frightn ☆1/2 オリジナルの良さが全く残っていない。
 オリジナルはもはやクラシックの仲間入りをしてもよいヴァンパイアムービーの名作。私も大好きな作品です。それをリメイク? まあいつものようにダメだろうだけどね・・・と全く期待していなかったのですが、その予想をまったく裏切らない凡作です。唯一の期待は『ラーストその彼女』の監督の新作だということだけでしたがダメでした。
 前作の魅力は小道具の使い方がうまかった。視覚効果がさすがのリチャード/エドランドだった。何よりそのユーモアすら漂うその余裕。クリス・サランドンは走りません。がっつきません。それが吸血鬼だからです。つまり吸血鬼物の定石をうまくおさえながら、巧みに現代風にアップデートしていたということです。それが本作にはかけらもありません。これだったらリメイクではなく、オリジナルで勝負した方がよほど勝算があったように思います。(WOWOW)

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2014年1月 4日 (土)

『WIN WIN』

Winwin ☆☆☆ ひとつひとつの描写がじわりと響く秀作。
 ちらっとみはじめてそのまま止まらなくなってしまいました。これは素晴らしかったです。
 物語の筋は、スポ根物でも家族物でも師弟物をミックスしたようなありがちな話ではあるのですが、トム・マッカーシーの描く世界はセリフが『扉をたたく人』もそうであったように、ちょっとしたシーンがグッと来る繊細さがあります。何よりセリフが抜群によいのです。登場人物の距離感を構図や行動で示しながら、そこに重なる台詞が心情の直接的な説明になっていない。だから余計に登場人物の心の動きが伝わってくるのです。主人公が自分のちょっとした心の隙から招いた事態に直面する後半、それぞれの人物とどう向き合っていくかが見せ場になりますが、そこが大仰な芝居でなくても盛り上がるのは、そこまでの積み重ねがいきているからでしょう。
 さらにこの監督は俳優の演技の引き出し方が抜群にうまいですね。『扉をたたく人』では、リチャード・ジェンキンスの好演がありましたが、今回は毎度おなじみジェフリー・タンバー、バート・ヤング、これがデビューとなるアレックス・シェイファーまで、脇のキャラクターたちまでもが実に絶妙なアンサンブルをみせてくれます。そしてポール・ジアマッティ! この作品を輝かせているのは彼です。彼はすでにきちんとした地位を築いている実力派ですが、本当に演技の幅が広い。『トゥルーマン・ショー』のディレクター役から、すでに印象に残る演技をみせていましたが、ティム・バートン版『猿の惑星』の唯一の見どころはジアマッティでしたし、『交渉人』でもさすがだった。そして『サイドウェイ』ではしっかり主役をはるどころか、作品を輝かせる俳優であることを証明しました。そう、ジアマッティが素晴らしいのは、アンサンブルができる上に、シナリオにちゃんとリアリティと奥行きを与える演技ができる。だから自分が光りながらも、作品にしっかりと魅力を付与できる俳優であると言うことです。こういう人を日本の観客はちゃんと評価してほしいです。
 こういう作品を作れるスタッフ・キャストには大きな拍手です。そして彼らの次の作品が待ち遠しくて仕方がありません。(WOWOW)

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2014年1月 2日 (木)

『クラウド・アトラス』

Croudat_2 ☆☆1/2 記号化された世界観は胸に迫る物なし。
 劇場公開時に見逃してしまった本作。ウォシャウスキー姉弟の新作としてではなく、『パフューム』のトム・ディクバ監督の新作としての期待が大きかったのですが、力作ではあるものの、どこか突き抜けない作品でした。
 本作は時代も場所も違う6個のエピソードが完全に並列で進んでいきます。輪廻転生が大きなバックボーンとなっている物語ですが、この手の作品で私たち日本人は、手塚治虫の「火の鳥」という素晴らしい作品を知っています。それとくらべるとどうしても落ちるというのが正直なところです。単純に比較するとエピソードの質が玉石混淆、しかも狂言回し的な役割がおらず、正直有機的な絡み方をしているとは言えません。さらに個人的に感じた最大の疑問はそれぞれの役者に複数の役割を与えたのは面白い試みですが、結果的に、あの奇妙なメーキャップも含めて、単純に記号化された世界としか構築されていないのではないかという点です。それは2144年編に顕著で、視点がどうしても欧米先進国からになってしまい、アジア観も奴隷制度に対しても、はたまた人種やジェンダーの部分についても、どこかうわべだけにしか感じられませんでした。ペ・ドゥナが素晴らしい存在感を発揮しているだけに、他の欧米人俳優にああいうメーキャップをさせてまで、演じさせる必要があったのかという疑問です。輪廻転生を語るにはどうも哲学的に浅いというのが実感です。しかしディクバはさすがで、中でも1931年編は素晴らしい仕上がりをみせます。役者陣では前述のペ・ドゥナとベン・ウィショーが素晴らしい演技をみせます。他方、ジム・ブロードベンドは素晴らしい場面とそうでない場面がごった煮、トム・ハンクス、ハル・ベリーはいつもの2人。ヒューゴ・ウィービングとヒュー・グラントにいたっては隠し芸の様相を示したというところです。
 力作であることは間違いありません。でも正直もう1回みたくなるタイプではなく、テイッグバの新作が、彼単独でみたいという思いしか残りませんでした。
(WOWOW)

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2013年9月12日 (木)

『奴らに深き眠りを』

Hoodlum ☆☆ ドラマの重ね方がつまらない
 『コマンドー』『プレデター』などに出演している俳優でもあるビル・デューク。名前をしらなくても顔をみるとわかるという人も多いかも知れません。実は監督もしていて私は彼の『ディープ・カバー』をみていますが、なかなかおもしろかった作品でした。その彼の今のところ、最後の監督作。再びローレンス・フィッシュバーンとタッグを組み(しかしこの頃のフィッシュバーンはかっこいい!)ダッチ・シュルツやラッキー・ルチアーノなど有名なギャングと同時代にハーレムで起きた抗争を描いています。キャストも豪華なのですが、どうも画面に重厚さが欠けている上に、ドラマの重ね方もつまらないというか、ギャングムービーの傑作群と比較してしまうと食い足りない部分が多すぎです。劇場未公開になったのもちょっと納得してしまったレベルの作品です。

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2013年9月11日 (水)

『チェイサー』(2008)

Chaser ☆☆☆ 圧倒的。
 これは凄かった。驚きました。こういう濃密な作品をみると、韓国映画は凄いなあと素直に思ってしまいます。
 まず役者の面構えがみんなよい。主役を演じるキム・ヨンソクはその立ち振る舞いで、彼のバックグラウンドが伝わってきます。それでいてシナリオには微妙に穴が残っているものの、展開はスリリングで目が離せません。特に後半は圧巻。ミジンの行く末がどうなるかがハラハラして、思わず見終わって手に汗をびっしょりとかいてしまいました。完成度という点では『殺人の追憶』にはかなわないですし、全体としてもう少し刈り込んでもよい気はします。また映像設計が妙にハリウッドテイストなのも気になりました。それでもこういう作品が撮れるのは監督のナ・ホンジンの演出力を証明しています。次作がとても楽しみです。

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2013年9月10日 (火)

『華氏911』

F911 ☆☆1/2 言いたいことこそ冷静に伝えねば。
 ブッシュについてはよかったことはただひとつだけでしょう。ああいう人が大統領になることに権益がある人もいるという構図が民主主義の政治の中にあるという教訓だけだということです。マイケル・ムーアはそういうところにしっかりと向き合うし、テーマの選択はいつもながらすごいなあと思います。しかし本作も他のムーア作品と同様に途中で失速気味。その上、いつも以上に、なんか感情的なものを感じてしまいます。言いたいことこそ冷静に伝える姿勢が大事な気がするだけに、題名『華氏911』という実にセンスのよい鋭い皮肉までいかなかったのは残念です。

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2013年9月 9日 (月)

『オールド・ルーキー』

Rookie ☆☆ 普遍と平凡は違う。
 実話をもとにした感動のドラマというのは、最近ではそれだけでみる前に構えてしまいます。この作品も悪くはないのですが、何かどれも及第点で無難にソツなく作ってしまう感じです。しかも基本的な構成まで既存の作品と似てしまっているのは、やはり観客を感動へ感動へとへりくだった印象になってしまいます。普遍と平凡は違います。しかもムダに長く冗長さもぬぐえません。デニス・クエイドやブライアン・コックスらが手堅い演技をみせているのですが、あまり印象には残りません。

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