2017年10月 8日 (日)

『デルス・ウザーラ』70ミリプリント版(フィルムセンター)

 昨日10月7日にフィルムセンター大ホールでの『デルス・ウザーラ』70ミリ上映をみてきました。素晴らしい経験でした。twitterでつぶやいたら予想外に賛同していただけた方が多くいらっしゃいました。そこで自分の備忘録と、なぜそこまで自分が『デルス・ウザーラ』に魅了されたのかを、ここにまとめておきたいと思います。かなり長い文ですが、おつきあいいただければと思います。

<黒澤作品との出会い>
 私が映画に興味を持ったのは小6から中1にかけてで、当時は名古屋在住でした。1970年代後半の名古屋には、東京や大阪と比較しても名画座という物がほんとんどありませんでした。ビデオというメディアもなかった時代ですから、旧作をみる機会は本当に限られていました。その中で初めての黒澤体験は、1982年に地上波テレビ放送でみた『七人の侍』で、3時間圧倒されたというのが実感でした。その後、その年がたまたま東宝創立50周年だったので、年末にかけて旧作の特集上映が東宝上映館(名古屋はエンゼル東宝)でありました。その中で『生きる』(同時上映は『駅STATION』でした)と『天国と地獄』をみることができました。やがて川崎に転居してからは首都圏の名画座をまわって黒澤作品を数多くみることができました。リアルタイムの黒澤作品は1985年の『乱』からです。オールドファンからはあまり評判はよくないですが、神の視点から俯瞰したように描く時代劇は当時の私にはかなり衝撃的で好きな作品です。

<『デルス・ウザーラ』との出会い>
 1980年代中頃からビデオソフトが出始めます。しかし黒澤作品の国内正規版はなかなか出てきませんでした。ちなみに『乱』までの黒澤作品の権利を持っていた会社は5社。大映(『静かなる決闘』『羅生門』)、松竹(『白痴』)、ポニーキャニオン(『乱』)、CBSソニー(『デルス・ウザーラ』)、そして残りが東宝なのですが、この中で一番早くに国内正規版がリリースされたのは、実は『デルス・ウザーラ』でした。この作品は配給が日本ヘラルドだったため、当初はCBSソニーがVHSをリリースしていました。しかも当時には珍しいフルフレームのノートリミング版で。初めてビデオでみた黒澤作品がこれでした。いつもの黒澤作品らしい激しさはありませんでした。でも画が写実的でありながら物語は寓話的な表現と、静けさの中にも厳しさと強さを内包しているその語り口は素晴らしいの一言で、心に残りました。最後の「鷲の歌」もぐっときました。当時の自分の鑑賞メモには「自然と人間をワイド画面で見つめる力業。」と記してあります。作品自体の力もそうですが、過去の黒澤作品のあと、『乱』をみてから『デルス』をみた順番もよかったのかもしれません。今から思えばこの作品は、カラーになった後期黒澤作品と、その前の作品との転換期にあった作品ですから、作風の変化を自然に受け入れられたのかもしれません。

<『デルス・ウザーラ』の受難>
 『デルス・ウザーラ』は前述のVHSリリース状況でわかるように、ソ連作品と言うことで他の作品とは扱いが違うことが多かったです。BS放送などでもかかることは他の黒澤作品と比較しても少なかったですし、特集上映でも、何本かで構成される時には上映されることが少なく、全作という時でも外されることが少なくなかったと記憶しています。ここ最近でいえば2010年の黒澤生誕100周年時のシャンテシネでの上映はありましたが、同企画の大阪上映時には上映されませんでした。
 またビデオリリースでも残念な扱いが続きます。初リリース時のCBSソニー版は字幕打ち込み状態での日本公開時のポジフィルムから起こされた素材。VHSは基本的にずっとこのままでした(最終的には東宝から再リリース)。一方DVDですが、まず東宝から他の黒澤作品と一緒にリリースされます。しかし他の黒澤旧作群が徹底的にブラッシュアップされているのに、『デルス』はほったらかし。画質はお世辞にもよいとは言えず、音声はモノラルのまま。とても残念でした。ただ同梱されていた約50ページに及ぶブックレットは本当に貴重です。ソローミン氏の文章もありますが、もっとも興味深かったのが、黒澤組でスクリプターとして、そして時にはきっともっと大きな役割を果たされていたであろう野上照代さんの「『デルス・ウザーラ』製作の現場」という文章でした。今から考えれば後述する「樹海の迷宮」にも掲載されていた製作日誌を抜粋した物だったかもしれません。
 しかし時には海外製作と言うことでの幸運もあります。この後、意外なところからも正規版が登場します。なんとロシア映画評議会(RUSCICO)が素材化したものを日本でロシア映画を多数リリースされているIVCが発売したのです。音声は初の5.1ch! 特典も日本初のものがある! もう狂喜乱舞ですぐ購入しました。しかし本編が2枚に分割され、音声も5.1chにはなっていたけれど勝手にSE類が付け足され(比較するとわかります)、画質についても悪くはないけれどそこまで劇的な変化とは思えず、失望感も大きい商品でした。その後、もう一度、2013年にオデッサエンタテインメントより3度目のDVDリリースがありましたが、世はすでにHD映像全盛の時代。ブルーレイを楽しみにしてこちらは購入しませんでした。しかし国内正規版はいまだにどこからもブルーレイは未リリース。東宝はDVDで出した他の旧作はちゃんと発売しているのに・・・。本当に残念です。

<「黒澤明 樹海の迷宮」の衝撃>
 2015年に『デルス・ウザーラ』をめぐる状況に大きな変化をもたらす書籍が登場します。小学館から出版された「黒澤明 樹海の迷宮」です。本書は大きく分けて3つの要素で構成されています。まず製作に至るまで、そして完成後を追った笹井隆男氏のルポ。さまざまな記録を検証した新事実の数々は驚きでした。そしてデルス・ウザーラの決定稿(これもびっくりだった)。でも何よりも読んだ私が衝撃を受けたのは野上照代さんの撮影日誌でした。『デルス・ウザーラ』の撮影が時期的にも物理的にも本当に大変だったというのは有名な話です。晩年黒澤監督がかぶってらっしゃった帽子は、この撮影期間中にかぶっていたものを作り直して使っていたそうです。遺作『まあだだよ』公開時のインタビュー時では、「あの時の撮影は大変だった。あの苦しみを耐えたのだから、他の事も何でもできる、そんな気持ちでかぶっている。」と発言しています。そんなすさまじい状況をずっとそばにいた野上さんがひたすら客観的に記録しています。もちろん映画監督という職業柄、かなり個性的な方であることは承知しています。実際、そんな現場の映画監督の典型的なあり方を知らないと、ただのわがままな人ととらえられても仕方がないほどの言動が連発です。しかしその先には、こうやってあの名作を完成させたという事実があります。『トラ・トラ・トラ』の挫折や自殺未遂騒動の直後に、初めての海外資本の製作現場(しかもロシアの想像を絶する地形&気象条件だった)で、日本人スタッフはわずか5人、あとは200人近いロシア人と2年間奮闘した60歳代での黒澤監督。読み終えて、なぜか映画のエンディングでも使われたあの「鷲の歌」が頭の中で流れてきたような気持ちと共に、胸いっぱいになってしまったことを覚えています。

<いくつもの幸運と情熱の結晶、素晴らしかった70ミリプリント上映>
 そして。10月7日、京橋のフィルムセンターに足を運びました。ものすごく久しぶりだったと思います。どのぐらい人が来るのか読めなかったのですが、絶対に見逃せない!という思いがあったので、朝8時過ぎには並びました。映画のために並ぶなんて久しぶりでちょっとワクワクしました(笑)。上映前のフィルムセンター主任研究員をされているとちぎあきらさんがご挨拶をされます。そこでも述べられていましたが、今回の上映プリントは松江陽一プロデューサーから寄贈されたものだそうです。(これを聞いた時にいよいよコンディションが心配になりました。) 
 いよいよ上映開始。開巻早々に日本ヘラルド映画のロゴがうつります。そう、黒澤作品が好きな人に言うまでもありませんが、今はなきヘラルドに黒澤作品は『デルス』と『乱』の2度救われています。私自身名古屋在住ということもありましたし、映画ドハマりの頃の自分には、東宝東和よりもヘラルドが重なるので、そこでまずぐっと来ました。注目の70ミリプリントの状態ですが、これがびっくりするぐらいコンディションがよかったです。1975年ロードショー上映時の70ミリプリントとは思えない美しさでした。猛吹雪の冬、緑が目にしみる夏、あの太陽と月が並ぶ場面も見事な色調でした。色むらもこれはもともとのソ連製フィルムの限界だったと思われますし、退色というよりは当時の色味がきちんと出ています。もちろんフィルム傷などはそれなりにありますが、フィルムやパッケージソフトも含めて少なくとも私が今まで経験した『デルス・ウザーラ』の中ではもっともよい状態で楽しめたプリントであることは間違いありません。
 さらに驚いたのがその音。撮影時に70ミリカメラなどを使わなくなり、さまざまなレンズもフィルムも優秀になった80年代。画質上のメリットは以前と比較すると小さくなっていましたが、実は70ミリプリント上映時のもう1つのメリットが音でした。35ミリプリントの基本が光学トラックだったのに対し、70ミリプリントは磁気トラックが基本。立体音響も6トラックまで(フロント5ch、リア1ch)まで可能です。耐久性はおちるのですが、SN比は段違いに優秀で、セパレーションのよい音を当時としては楽しめたのです(まあ、スペック的にはラジカセなどと同じレベルですが)。今回の『デルス・ウザーラ』の音はまさにその音でした。光学トラックほどぼやけておらず、デジタルサウンドほどの鮮やかすぎて時に耳障りになることもなく、耐久性が落ちてノイズ出まくりなどということもなかったのです。
 twitter上でも状態の良さをたくさんの人が驚いていました。というか1975年当時の70ミリプリントがどうなっていそうかをイメージできる、プリントの「常識」を知っている人の方が驚きは大きかったと思います。松江さんはどうやって保管されていたのか不思議でなりませんでした。おそらく上映機会の少なさ、黒澤監督作品というネームバリューやオスカー受賞という「重み」(プリント全巻の重量自体も重いですが)、何より松江プロデューザーをはじめとする制作側、東宝ではなくヘラルドだったという興行側、そしてフィルムセンターのスタッフさんをはじめとするアーカイブの関係者が熱意を持ってバトンを手渡すという幸運が重なったのだろうとしか言い様がありません。

<ただただ感激したこと>
 さて。もうひとつだけ話をさせてください。当日11時の回で私の整理券番号はかなり前の方でした。ホール中央は関係者席でしたが、まあ自分もそのあたりでみたかったのでその前の列に座りました。しばらくして後ろの関係者席に女性が座られました。ところがその声に驚きました。映画ファンにも馴染み深いその声は、あの野上照代さんだったのです。黒澤好きにもかけがえのない存在ですが、デルス好きにとってはもっと重要な存在である野上さん。次々と他の関係者が挨拶のために近くにいらっしゃいます。他の客席の方も何名か気づかれていたと思います。もちろん私も振り返ってご挨拶したかったのですが、プライベートでいらっしゃっている可能性もあることを考えると、ぐっと我慢しました。とちぎさんのあいさつで、観客に野上さんが紹介されました。場内から大きな拍手。私もすぐ振り返って大きく拍手をしました(本当は立ち上がりたかった!)。上映が終わって退場する時、どうしても一言申し上げたい気持ちを抑えられず、野上さんに「同席できて本当に光栄でした。ありがとうございました。」とだけ声をかけさせていただきました。野上さんからは「ありがとうございました。」と返していただきました。

<結びにかえて>
 DCP全盛の今、フィルム自体を扱えるところも減少し、ましてや70ミリプリントを上映できる場所は本当に少ないのですが、フィルムアーカイブであるフィルムセンターが、今回その上映設備を備えたことはまさに英断です。そして開館以来初の70ミリプリント上映作品として、私の大好きな『デルス・ウザーラ』を選んでいただいたことも、そのプリントがとてもよいコンディションで保管されていたことも、あの野上照代さんと前後の座席に座って『デルス・ウザーラ』をみられたことも。何という幸運でしょうか。映画好きとして幸せな時間だったとしか言葉が見つかりません。関係のあるすべての皆様に心から感謝の気持ちをお伝えしたいです。ありがとうございました。

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2016年7月29日 (金)

『シン・ゴジラ』

Singodzi ☆☆☆1/2 間違いなく2016年の今にふさわしい見事なゴジラ映画。
 今夏、というか今年一番の期待作であり、一番不安だった今作は、凄まじかったの一言でした。間違いなくここ数年の邦画の中でも最高の1本です。このあと完全にネタバレです。できるだけ事前に情報を入れない方がよいので、未見の方は読まないでください。

 評価は分かれるかもしれません。とにかく庵野さんが全てをさらけ出したような内容でよくもわるくもどこを切っても庵野総監督印で庵野秀明リミックスみたいな映画ですから。岡本喜八ちっくなスーパーの連打、異常にディテールが細かい対ゴジラの自衛隊の攻撃、役者陣の面構えだけ並べた手法、エヴァみたいなクライマックス、そしてきちんと街が描きこまれ、そこで怪獣を大暴れさせたこと(川崎市民としては多摩川防衛線の攻防は怖かった)。今までの庵野さんが好きだったもの、描きたかったものを大発散。そうすることを徹底してこだわった結果、ゴジラ映画の殻はきっちりと壊した。今までもゴジラシリーズはファンから多くの期待をされました。その中に「そろそろ大人の鑑賞に堪えるもの」があったと思います。そういう意味で北村監督や金子監督ですら打ち破れなかったものを庵野総監督はやりとげたのですから。ここはちゃんと評価すべきです。
 それでいてちゃんとゴジラ、というか特撮映画でした。あの形態の変化はいいアイディアだったし、得体の知れない生き物というイメージはよく出ていた。放射能の問題からも逃げなかったし、ではどうやったら倒せるかも非現実的にしなかった。あの電車を使ったアイディアは大好きです。
 そして何より邦画のダメ要素になりがちな部分を抑えて、かなり限定された状況での人間ドラマにしたのが成功した要因だと思います。具体的に言えば庶民視線をすぱっと切ったのがよかった。お手本は喜八監督の『日本のいちばん長い日』だったのでしょうか。これに庶民視線や恋愛が絡んでたらリメイク版の『日本沈没』(樋口さん!)になるのです。また演技陣に芝居どころを設けなかったのは英断ですね。誰にも見栄を切らせなかった(例外は石原さとみのみで唯一の目立つ欠点)。またその中で物語の核になったのが組織論。朝日新聞で柳下さんが皮肉っていたけれど(あの批評はひどいと思いました。あれは批評じゃないです。)、あの状況はポスト3.11の日本だからこそ説得力があって、プロが自分の責任を果たす中で、ではリーダーが果たすべき役割が幾つも提示されていたのは興味深かったです。
 間違いなく2016年の今にふさわしい見事なゴジラ映画。やりたいことをきちんとやって、それで魅せる内容にしたのは凄い。私は断然支持したいです。
 最後に余談ですが音響のこと。この作品が3.1ch(つまりサラウンドchがなしということですね)で処理されていることが話題になっていますが、私は肯定派です。やっぱり映画音響は前方定位が基本だし、あれだけ台詞が多い作品で不必要に後方chに回していたら違和感が強かったかもしれません。映画音響は音源の定位(基本はスクリーン上)、複数の要素(台詞・劇判や効果音)、自然な音場の三要素のバランスが大事で、非日常的な爆音ばかり評価してはいけません。またあれだけ劇伴や効果音でモノラル音源を露骨に入れるのも庵野監督らしいと思いました。
(TジョイPRINCE品川 シアター11にて)

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2016年4月26日 (火)

『レヴェナント 蘇えりし者』

Revenant ☆☆☆ 技術的な力業がやや鼻につく
 力作であることは間違いないです。ただしこれが傑作かとなると、個人的にはかなり微妙かもしれません。
 いや、それでもまず認めましょう。ディカプリオは大熱演です。これでオスカーもらえなかったら・・・という町山さんの話に納得。文字通りの熱演です。そしてルベツキの撮影も凄まじい。もうマイッタというぐらい、どうやって撮影したの&なんて美しいののオンパレード。ただこれが作品の力や魅力になるのかというと必ずしもそうではない気がするのです。
 まず内容的に独創性をあまり感じなかったこと。物語は復讐譚ですし、自然光撮影だってパイオニアとは言えない部分があって、描かれた世界に既視感もありました。まるでリアルなホドロフスキー『エル・トポ』? 真の『ダイ・ハード』?(汗) いえいえ、一番近く感じた作品は、やはりテレンス・マリックの『ニュー・ワールド』でしょうか。なにしろ撮影がルベツキ、プロダクションデザインがジャック・フィスクと、視覚的な要素を担当しているキーパーソンが同一人物なのですから。けれども本作はその技術が物語と噛み合っていません。確かに技術的には凄かった。物語も興味深い。ではなぜ本作はこれほどまでに「ヨリ」の映像ばかり? そしてローアングル? 前作『バードマン』はあの世界を描くにはあれしか方法がなかった気がするぐらい物語を支える技術に説得力があった。では本作は? きっちりと3つの物語を絡め合わせた点が魅力的だった『アモーレス・ペレス』『21グラム』などのイニャリトゥの初期作品と比較して、あまりにも強引すぎて白けさせた『バベル』のように、本作は技術的な力業がやや鼻につく作品でした。それゆえにディカプリオが本来背負っている業のようなものがにじみでてこないところに、宗教的なバックグラウンドの重みがなくなってしまっています。
 力作であり見応えはあります。でも。私は人にはすすめないかもしれません。何かの愉しみや感動を求めているのであれば、かなりの勇気が必要な独特の味わいの作品です。そう、まるで劇中に出てくるバッファローの生肉のように。
(109シネマズ二子玉川 シアター7にて)

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2013年9月 1日 (日)

『スター・トレック イントゥ・ダークネス』

Stre2 ☆☆☆ 嬉しい驚き。
 そろそろ夏に劇場でみた作品を整理しなくては。というわけでまずはこれです。最初に申し上げておきますが、このレビューはネタバレしないと書きようがなく、でもネタバレはない状態でみた方が絶対におもしろいので、未見の方はここで引き返してください。
 前置きですが私は『スター・トレック』には全然思い入れがありません。いや、努力はしたんです。だって『ネメシス』までのシリーズで劇場未見は『叛乱』だけ。でも『故郷への長い道』と『新たなる未知へ』以外は楽しめなかった。TVシリーズはいろいろみたけど毎回期待を裏切られました。特にネクストジェネレーションはオンエアがリアルタイムでの世代ですから、はまった友人たちに何度もすすめられたけれど全然楽しめなかったのです。結局一言で言うなら私がカタルシスを得るツボが違ったということなのかも知れません。
 そんな私ですからこのリブートしたシリーズについては前作は劇場に行く気が全くしませんでしたし、実際あとでオンエアをみても全く楽しめませんでした。もう一度シリーズをスタートラインにたたせるために、ただ理屈をこねまわしているようにしかみえず、とにかくまだるっこしかったのです。
 で、やっと本作の話になるわけですが(汗)。おもしろかった! ひょっとするとシリーズで一番楽しめた作品かと思います。まず前作のようなキャラクターや状況の説明が必要ないため、話のテンポが良く、展開もすっきりしていること。また最近の超大作にありがちな見せ場の垂れ流しになっていないこと。そして初めての人が置いてきぼりにならないようにしつつも、このシリーズの知識がある人も、そうでない人にもわかりやすくしていること。
 これは自分自身がわかりやすい実例になりました。ここからは先は完全なネタバレなのでみようとしている人はみてからにしてください。<以下ネタバレ(ドラッグ&反転でお読みください)>
 ずーっとウワサにはなっていたカーンの登場。実は私が初めてみた『スター・トレック』の劇場版が『カーンの逆襲』でした。で、ちーとも楽しめなかった上に、あとでこれがファンの中ではもっとも評判がよいというのにもさらに驚いたのです。で、実はあいつがカーンだったわけですが、やっぱり驚きましたし、その後の展開もカーンと『カーンの逆襲』の展開(まさか、あっちが命を危険にさらすとは・・・不覚にも涙腺刺激されました)について知っていたことで大いに楽しめた側面があります。つまりこれは何をあらわしているかといえば、カーンを知っていたことで大いに楽しめたし、カーンやこのシリーズをあまり知らなくても、それなりに楽しめたのではないかと実感できるのです。
 ベネディクト・カンバーバッチは自身の魅力もさることながら、これはかなりの儲け役でしょう。このキャラでかなり作品の魅力はあがったといえるのではないでしょうか。また他の役者陣もかなり違和感なく(チェコフ以外)みられるようになってきて、時々年取るとああなるのかと思わせるような雰囲気まで漂わせてきているのがニヤリとさえるところです。それから視覚効果については前作よりはるかによく、これについては見せ方の巧さを称えるべきかも知れません。私はJ・J・エイブラハムズとは非常に相性が悪く、特に劇場監督作はことごとくダメだったのですが、これをみると『スター・ウォーズ』の新作も期待していいのかなあと。
 今夏一番の大穴がまさかこれとは。嬉しい驚きと共に心配の種にもなるのですが、でもぜひ劇場で(できればIMAXで)楽しんでほしい作品です。
(109シネマズグランベリーモール9にて)

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2013年8月23日 (金)

『トゥ・ザ・ワンダー』

Tothew ☆1/2 愛の形と呼ぶにはあまりに表層的。
 私はテレンス・マリック監督作には好きな作品が多いのですが、さすがの私もこれはギブアップ。一言でいえばよくわからなかったですし、この作品をどう受けとめるべきなのかもさっぱり理解できませんでした。
 パンフレットにもあったように本作は前作『ツリー・オブ・ライフ』同様、マリック自身の経験も多分にインスパイアされているところが多いのかもしれません。しかし前作がその極めてパーソナルな世界を哲学的な普遍性にまで昇華させたところが凄かったわけですが、今作ではその試みは失敗したと言えます。前作は、人がどうやって人になっていくか、そして人生にはなぜ不幸が訪れるのかを、まるで人の心をそのまま映像にしたような作品にしており、そのセンスに驚き、大いに感動させられました。今作も表現手法は同じです。しかし今回のテーマである「愛」を描くには、この手法は的外れなものだったのかもしれません。なぜなら少なくとも古今東西、いわゆる男女の恋愛を描いた名作は山ほどあります。本作はその域には達していませんし、またその手法に独創性も感じられません。今回の手法ではどうしても表層的な面に終始してしまい、マリック作品でモノローグがこれほどうるさく感じることはありませんでした。
 とりあえずあのマリックが現在、すでに次回作のポスプロに入っているとのこと。本作も含めてこの連作がどういう意味を持つのかはわかりませんが、また次に期待したいと思います。
(TOHOシネマズシャンテ2にて)

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2013年8月12日 (月)

『風立ちぬ』(2013)

Kazeta ☆ 自己本位な表現がさらけ出す、見かけ倒しの老醜。
 『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』と連続で最低評価をつけましたが、まさか3作連続でこうなるとは思いませんでした。はっきり言います。この作品、大嫌いです。なぜならここには宮崎駿の開き直りしか感じられないからです。
 まずこの作品はゼロ戦の設計者として知られる堀越二郎という実際の人物に、作家堀辰雄の物語をからめたフィクションです。つまりこの作劇には意図があります。するとそれはなぜかということになりますが、これは宮崎駿の理想なのでしょう。『崖の上のポニョ』では幼女と老女に対しての興味を示しましたが、『風立ちぬ』では理想の恋についてを語っているのかもしれません。幼女(設定では13歳ぐらいですよ)が恋の対象になっているのは、すでに『千と千尋の神隠し』のカオナシで描いていますが、今回は臆面もなく、こうなるとよいという展開を描いているとしか思えません。なぜなら本編にもう一度、親の帰りが遅い子どもにシベリアを渡すエピソードが出てきますが、それとて相手は女の子なのです。恋の展開に恋愛の苦しみとかなんて全然出てきません。ままごとレベルの行為です。
 もうひとつはこの映画に何度も出てくる技術という憧れを描いていますが、その過程において人間の重みが不在になることです。何度も何度も美しいという言葉が出てきますが、美しさを追い求めるということは、ここではただ単に技術過信にしか思えない。パイロットのことなんて誰も考えてない。戦争についての葛藤なんてこれっぽちも出てこない。実際、ゼロ戦は米軍機と比較すると、その装甲の弱さが指摘されることがあります。そういう設計ポリシーなわけです。彼のフィルモグラフィの中に『紅の豚』がありました。私はそれほどこの作品は評価していませんが、飛行機についての趣味丸出しにしている点で、本作と通じる部分は少なからずあります。ただあちらが技術屋(パイロット)は所詮技術屋で、苦い現実に直面している姿をきちんとおさえているのに対し、こちらは二郎のイノセンスを持ち上げています。この点は大いに異を唱えたい部分ですし、そこは必ずしもポジティブな面だけではないからです。なぜなら彼が作ったのは戦闘機です。もし外国の技術者の話だったら、私たちはそれを素直に受け取ることができたでしょうか。ましてやそれがオッペンハイマーのような立場だったら?
 確かにこの二郎という男に宮崎駿はだぶりますし、クリエイターとしての彼の葛藤は大いに感じる部分はあります。実際評価している人の声は、巨匠と呼ばれるまでになった宮崎駿が、ここまで自らをさらけ出した事への称賛だと思います。またこの作品でもさまざまな実験精神あふれる試みを実施していますが、庵野秀明氏の起用もサウンドトラックをモノラルにしたことも見事だと思います。しかしそれは所詮作品全体のディテールの問題でしかなく、本質的な部分で、彼の作品にはもはや観客は不在です。でも。もしそれが本音だとするならば。『カリオストロ』『ナウシカ』『ラピュタ』などのかつての宮崎作品のように、私たちが歓喜の声をあげられる作品は2度と生まれないということです。私が敬愛する島秀雄という鉄道技術者がいます。新幹線やD51の生みの親として知られる彼にとって、最優先事項は堅実と安全でした。これは設計者のポリシーであり、まず乗客のことを考えていたからです。宮崎駿はそうではない。彼は自分の美しさしか求めないのですから。
 この作品は宮崎駿が再びむき出しで迫ってきます。でもそれはかつて映画界で巨匠と呼ばれた人々がしたように、自分の「美」を人々に押しつけただけです。しかもこの作品には数少ない名作が持つ絶対的な「美」は持ち得ず、ただ単に老醜がさらされているだけとしか思えませんでした。
(チネチッタ・チネ8にて)

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2012年8月18日 (土)

『ダークナイト ライジング』

Dnr3 ☆☆☆ 何かが欠けている大団円。
 こちらも期待作でした。でも『ダークナイト』は凄すぎたし、そもそもパート3を納得して終わらせられるレベルにするのは、かなり難しいことは映画ファンは百も承知。なので予備知識はほとんど入れず、期待もあまりしませんでした。見終えてさまざまなレビューをみていると、みなさんの評価が「まあこの終わり方はいいんだけど」という感じの奥歯に物が挟まったような表現が多かったのですが、私もこの部分は同感です。でも結局私たちが求めるものはあまり描かれず、終わってしまったのです。
 この映画の最大のポイントはふくらんできた映画の世界観にどのような決着をつけるのか、にあります。バットマンはアンビバレントの極みにいることを自覚しているヒーローであり、この物語に誰もが納得する終わり方を提示するのは難しかったことでしょう。今回クリストファー・ノーランがディケンズの「二都物語」を意識したという話を聞きました。なるほど納得です。でも正直それってかなり後付けなんじゃないの?というツッコミはあります。でも私たちがみたかったのはそこではなかったのではないでしょうか。パート3が難しいのは、『スパイダーマン』『スター・ウォーズ』もそうなのですが、映画の世界観がふくらんできた中でキャラクターの交通整理に忙しくなってしまい、ストーリーを語る上でいくつかの物語が同時進行になってしまうことが多いという現実でしょう。その結果、本作もつまらなくはないのであけれど、活劇のカタルシスを得られない展開になってしまいました。またノーラン作品の常連が大挙出演というのもこの作品では少なくともマイナスです。これでは『インセプション2』かよという感じです。
 期待を裏切る作品にしなかったことは評価しますが、この程度ではというあたりがつらいところです。ノーランは続いてスーパーマンのリブートにも関わるそうですが、彼はアメコミ原作に向いている人とは私は考えません。彼はストーリーテラーであって、エピックを語るタイプではないと思います。彼のフィールドは『メメント』であり『プレステージ』であり、『インセプション』なのです。次の展開がどうなるか、今後も新作には期待が膨らみます。
 ところでIMAX版で本シリーズ3作品ともみている人は少ないでしょう。私は1はIMAXDMRで(フィルム上映)、2と3はIMAXデジタルでみています。それはささやかな自慢です。
(ユナイテッドシネマとしまえん8にて)

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2012年8月15日 (水)

『遊星からの物体X ファーストコンタクト』

Thingpre ☆☆ 閉塞感がない。緊張感が足りない。
 今はなき中日シネラマ劇場で『初体験リッジモンドハイ』と2本立てでみた本作。何しろ当時ジョン・カーペンターといえば『ハロウィン』『ザ・フォッグ』『ニューヨーク1997』とはずれなし! ワクワクしながら出かけました。これはその前日譚。プリクエルは最近多いのですが、向こうのレビューでは否定派が多かったので、全然期待していませんでした。で、これは期待しなくて正解でした。
 話はもうカーペンター版の同工異曲で、シチュエーションはほとんど同じ。上映時間までかなりほとんど変わらないぐらい。でもこの弛緩しきった展開はカーペンター版とは雲泥の差。あっちもそれほどの大傑作とは思っていませんが、少なくともラストまでハラハラはさせてくれた。本作は退屈でしかたありませんでした。特に欠けているのはカーペンターの得意とする閉塞感で、その分、本作にはサムシングニューが欲しかったです。視覚効果うんぬんよりもやっぱりデザインでしょうか。この部分も物足りなかったです。
 余談ですが首都圏ではレイトショー上映。客層はあきらかにそういうのが好きそうなおじさんばかり。笑っていいのか、それとも今後を憂うべきなのか。一昔前の設計であるTOHOシネマズ日劇2(旧日劇東宝)で余計なことを鑑賞中に考え込んでしまう程度の出来でした。
(TOHOシネマズ日劇2にて)

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2012年8月14日 (火)

『プロメテウス』

Prome ☆1/2 圧倒的な画力をも破壊する物語の破綻ぶり。
 今夏最大の期待作だったリドリー・スコットの新作は、私にとってははらわたの煮えくりかえる期待はずれの1本となりました。
 いや、映像はすごいし、プロダクションデザインなども素晴らしい。マイケル・ファズベンダーやシャーリーズ・セロンなどもいいのです。途中の自分で手術する機械なんて、いかにもリドリー・スコットらしい。でも。話自体にはツッコミどころ満載で、キャラクターとか伏線とかめちゃくちゃ。その上『エイリアン』と別物にしたいんだったら、別の設定でやってくれよというのが一番の不満です。公開前から『エイリアン』のプリクエルとして期待が煽られていたのですが、フタをあけてみるとエイリエンのエの字もも消えてしまいました。まあ、このあたりにはいろいろと大人の事情はあるのでしょう。それでもこちらとしてはそこに期待があるわけですし、しかも作り手側だって、スペースジョッキーやら、いろいろと出しているワケなので(タイトルの出し方まで似せてるじゃん!)。その上、『エイリアン』って実はこういう設定でねぇというのを後出しじゃんけんのように出されて、それが何なのよという設定では納得なんかいくわけがないです。
 とりあえずパート2はあるようですが、どんな展開にあるか。この段階では期待薄ですし、正直やめてほしいと思っています。
(109シネマズ川崎6にて)

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2012年6月30日 (土)

『アメイジング・スパイダーマン』

Amspid ☆☆1/2 同じ話をどう語るかが語り手の才。
 パート4のはずがリブートされてということになった本作。スタッフ・キャストが一新されたわけですが、正直なんでこんな作りになったのよという疑問が鑑賞中の頭の中にひたすら渦巻く出来となりました。いや、でき自体はそれほど悪くはありません。でもなぜじゃあリブートするのよという点がどうしても納得できないのです。
 結果的にリブートされたことによって、前半はスパイダーマン誕生までにいきさつとなります。この作品の肝はここでしょう。なぜなら何度も語られたヒーロー誕生は、個々に大きな差違がうまれることで個性ができ、それが同じヒーロー物でも味付けの違いとなるからです。サム・ライミ版とはまったく違う主人公像、大きくクローズアップされたピーターの両親の秘密、そしてピーターとグウェンの物語。『(500)日のサマー』の監督だけあって、ピーターとグウェンの恋や、グウェンの父とのやりとりなど物語の中にエモーショナルな部分はサム・ライミ版よりもよい部分もたくさんあるのです。しかしサム・ライミ版よりそこが優れているというところに無自覚なのかも知れません。活劇シークエンスはサム・ライミに一日の長はあり、全方位型のエンタテインメントではかないません。なのでここまできたら青春物で徹底してもよかった。そうしたら今までみたことのないヒーロー物語になる可能性はあったはずです。アンドリュー・ガーフィールドは可能性を感じる若手ですが、本作では大きな魅力は感じませんでした。それよりはエマ・ストーンのキュートな存在感が大きな魅力になっています。あとC・トーマス・ハウエルが小さな役で顔を出していたのには驚きました。
 「映画秘宝」最新号で長谷川町蔵氏は本作がパート2で化ける可能性を指摘していました。なるほど。それはあるかもしれません。でもそのためにはマーク・ウェブ監督が自分の何が強みかを自覚し、そこから物語を生み出す必要があります。
(平和島シネマサンシャイン1にて)

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