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2020年8月 4日 (火)

『エレファント・マン』4K修復版

☆☆☆1/2 漆黒の闇はさらに深く、人々の魂を見つめている。
Ele40
 かつてデビッド・リンチの時代がありました。『エレファント・マン』が日本でも大ヒット、『ブルーベルベット』はシネマライズ渋谷を連日満員にして、『ワイルド・アット・ハート』でカンヌを制し、『ツイン・ピークス』は世界中で大人気になりました。日本でも彼の作品を好きだという方は多かったと思います。その彼の長編監督作品で私が唯一劇場でみていなかった『エレファント・マン』が4K修復されたバージョンで再映となったので、みてきました。

<デビッド・リンチ 長編監督作>
イレイザーヘッド(1976)
エレファント・マン(1980)
デューン/砂の惑星(1984)
ブルーベルベット(1986)
ワイルド・アット・ハート(1990)
ツイン・ピークス-ローラ・パーマー最期の7日間(1992)
ロスト・ハイウェイ(1997)
ストレイト・ストーリー (1999)
マルホランド・ドライブ(2001)
インランド・エンパイア(2006)

 私が彼の作品を大好きになったのは『イレイザーヘッド』でした。最初はビデオでみましたが悪夢のようなイメージの洪水は衝撃的でしたね。他の作品もビジュアルセンスがスゴく、音楽の使い方もセンスがよくて、何度も何度もホームシアターで再生していました。でも実は『エレファント・マン』だけは、ここまで3回しかみていませんでした。1回目は小学生の頃の地上波初放送で。2回目はVHS。3回目はブルーレイ。特に2回目は再生後に何かすごく気持ちが落ちこんだことを覚えています。つまりそう何度も再生する気分にはならない映画なのかもしれませんし、私にはコワい映画という印象が強かったです。

 あらためて気がついたことがいくつかありました。そしてこの映画がアート作品としてなぜ素晴らしいのかが、少しわかった気がしました。

 きっかけは映画自体が入れ子構造になっているのでは?と思ったことでした。
 この映画はモノクロ撮影です。舞台となるのは19世紀のイギリス。漆黒の闇と響き渡るインダストリアルなノイズ。『イレイザーヘッド』にもつながるような表現ですが、あの映画と大きく違うのは、ここにどこかクラシカルな品格が与えられたことです。そこに大きく貢献しているのはやはり撮影でしょう。撮影を担当したのはフレディ・フランシスという方で、彼はあの恐怖映画の最高峰『回転』も担当し、自身もハマーフィルムで怪奇映画の監督をしていました。そんなこともあってか、この映画は怪奇映画的なテイストで語られていきます。初めてみた時にこのギャップが違和感となってずっとつきまとっていました。
 プロローグとして提示されるイメージ映像に続き、開巻早々、医師のトリーブスが見世物小屋に足を運んでいきます。やがて公開中止を余儀なくされた興行師のバイツにかけあって、彼はエレファント・マンこと、ジョン・メリックを見ることができます。実はこの時、観客側にはまだメリックの姿を見せません。彼の姿をハッキリと観客に見せるのは、バイツの暴力によって呼吸困難になったメリックを、トリーブスが隔離病棟に収容された後、看護師の視点で、になります。なぜそこで?だったのかがずっと疑問でした。
 映画はアートでもあり興行でもあります。そもそもが見世物でした。実は観客席にいる人々も初公開時にはエレファント・マンの姿に好奇心を抱いた人は少なからずいたと思います。そしてそれはトリーブスたち登場人物と大差がないのです。実際本作の登場人物たちは見事なまでに普通です。トリーブスは当初は明らかに医学研究のためにしか行動していませんし、病院にいる人たちもメリックを助けようとするばかりではないのです。ましてや夜警やその取り巻きはいわずもがなでしょう。怪奇映画としてリンチが「見世物」として観客に示していたのは、私たち人間の側だったのです。そしてそれを映画館にみにきている観客も同じなのですよ、と。実際メリックを逃がそうとするフリークスの仲間たち(R2-D2でも知られるケニー・ベイカー!)との別れのシークエンスは実に美しく描かれていますし、映像表現としてメリックをグロテスクには描いていないのです。登場人物の中で唯一高貴な魂を持っている存在としてメリックは描かれています。似たようなアプローチの映画に『シザーハンズ』があります。私があの映画を今ひとつ好きになれない理由が少しわかりました。あの映画は怪奇映画としては全体のトーンが多分明るすぎるのです。本作の恐怖は表現だけでなく、そんな人間たちの醜悪さが大きな要因なのです。
 
 最後にメリックが死を選ぶシーンとなりますが、これほどに美しく哀しいシーンはありません。スペイン映画のクラシックに『汚れなき悪戯』という作品がありますが、この映画もそれに通じる高貴な印象を与えることに成功しています。ただただ胸に迫りました。本作のこの場面がスピリチュアルに感じるのには理由があります。劇中、とても重要なシークエンスで詩篇23篇が出てきます。彼は暗誦しているほど聖書を読み込んでいたことになっていますが、あの内容が象徴的です。また彼が工作しているのはマインツ大聖堂。こんなことからも彼は心から神に救いを求めていることがわかります。ですからここでの死は、彼が神の使徒として神の国に受け容れられているであろう、いうリンチの祈りがこめられているわけです。リンチ作品では人間の中身が入れ替わってしまったりう、外見はこうだけれど中身は違うなどというシチュエーションがしばしば出てきます。リンチにとっては肉体は魂の容れ物なのかもしれません。『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』は、あの大人気シリーズの劇場版としての評価は相当低いのですが、1人の少女の魂の救済についての物語としてみるとすんなりと理解できます。(以下あの作品のネタバレ 反転して読んでください)父親から性的虐待を受けているわけですから、そこを根っこにして彼女が精神的にすさんでいたことはわかります。あの映画のラストで天使が出てくるのはそういう理由だからです。そしてこのラストがもうひとつ心迫るのは、あのナレーションでしょう。メリックにとっての救済とは何であったのかがわかります。そして観客である私自身もジョン・メリックとともに救われたような気持ちになりました。

 4K修復された映像はデビッド・リンチとフレディ・フランシスとが作り出した漆黒の闇があります。きっと覗き込むのには勇気が必要ですし、それは単純で楽しいと鑑賞後に感じる世界ではありません。しかし一見怪奇映画のような表現でありながら崇高な魂と人間の生き方をみつめたこの物語は、きっとあなたの心の中に深い感銘を与えると思います。公開から40年。もしあなたが本作をまだみていないのであれば、ぜひ今回の再映でご覧いただきたいと思います。
(ユナイテッド・シネマ浦和 5スクリーンにて)

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