川崎市市民ミュージアムをめぐるニュースで
川崎市市民ミュージアムがちょっと大変なことになっている。風のうわさでちらっと聞いたのが去年。またネットでそういう状況を発信されていたのをみたのも去年。そして今回のニュースである。
川崎市市民ミュージアム(川崎市中原区)の指定管理者「アクティオ」(東京都目黒区)と有期雇用契約を結んでいた元副館長の浜崎好治さん(57)が、契約更新されずに雇い止めされたのは労働契約法に反して無効だとして、同社に従業員としての地位確認などを求める訴訟を30日、横浜地裁川崎支部に起こした。(2018年8月30日 神奈川新聞より)
直接的には雇用についての問題ととらえるべきニュースである。ただ今回のニュースにはいくつかの問題が混ざってしまっているので、そこを整理して切り分けて考えていきたい。
○指定管理制度は市民ミュージアムのような文化施設にマッチしているのか。
これはどう考えても×である。根本的な解決にならない上に新たな問題が起きる可能性の方が大きい。ウィキペディアによれば、「利用時間の延長など施設運営面でのサービス向上による利用者の利便性の向上」や「管理運営経費の削減による、施設を所有する地方公共団体の負担の軽減」が意義として書かれているが、現状の問題点として以下のようなことも併記してある。そのうち、今回の件で該当しそうな部分は、人事と運営に関する部分だが、これが見事に当てはまっている。
・制度導入の真の狙いが運営費用と職員数の削減にあることから、行政改革の面だけが過剰に着目される。
・指定期間の満了後も同じ団体が管理者として継続して指定を受けられる保証は無く、選考に漏れるなどによって管理者が変更した場合は殆どの職員が入れ替わってしまうことも考えられる。また、指定期間が3~5年程度と短期間であれば正規職員を雇用して配置することが困難となるなど人材育成は極めて難しくなり、職員自身にも公共施設職員としての自覚や専門性が身につかない。
・指定期間の短さは人材育成と同時に設備投資や運営面での長期的計画も阻んでいる。特に教育・娯楽関連の施設では経費節減のために「場当たり的な運営」しか出来なくなることで集客力が減少し、それに伴う収益の減少によって必要経費も充分捻出できなくなり、結果として更に客足が遠のくといった悪循環に陥る可能性が高い。
・一般の職員が地方公務員扱いとならないので、地方公務員法による服務規定等が課せられず、また問題が発生しても同法による懲戒処分の対象とならない。
・地方公共団体に属する行政機関以外による運営が行われる事になる事から、(地方独立行政法人や地方公営企業と異なり)情報公開条例及び個人情報保護条例等の制度適用対象とならず、この事によっての情報公開及び個人情報開示等に関する問題が発生する事がある。(ウィキペディア「指定管理者」より)
はやい話、収益を目的にやっていくのであれば、短期の派遣だけでまわしていけばよい、という民間の発想をそのまま、こういう施設に放り込もうということである。大間違いである。(そもそも市民ミュージアムは利益を出すための施設なのか、というところがまず引っかかってくるところなのだが、この点は後述)こういう施設には経験と知識が豊富な人材が必要であり、研究者としての側面を職員に求めるのであれば、なおさらその面が強調されるであろう。その点での人材育成が短期的な利益を生み出すわけがないのだ。ただ誤解を得ないようにしておくが、長期的な視点からは利益を生み出す可能性はゼロではない。そこから信頼を得て、利用者が増え、新たな価値が付加されることも往々にしてあるからだ。
○市民ミュージアムは利益を出すための施設なのか。
これは×な上に、現状では無理、という結論でよいと思う。市民として、映画ファンとして、よく運営できるなあと心配するぐらいに、本当にお客さんがガラガラだったのは事実だ。そもそも市民ミュージアムは実に中途半端な存在として、30年間川崎市に存在し続けている。ここの特徴として漫画や写真、映像資料の収集に力を入れていることだ。収蔵品は約20万点に上り、常設展・特別展と共に、映像ホールが併設されている。そういう意味では実にまっとうな博物館である。 実際私も自分のサイトのために取材でお邪魔したことが2回ある。とても興味深かった展示だったし、映像上映もおもしろかった。
最大の問題点は立地だ。最寄り駅がタワマン林立と、それに伴う通勤ラッシュ地獄で知名度がさらにあがった武蔵小杉だし、等々力緑地にはフロンターレのホームグラウンド「等々力陸上競技場」や「とどろきアリーナ」などがある。ただフタをあけると本当にアクセスはよくない。まず小杉から徒歩で行くと30分はかかる。30分ですよ30分。余談だが、このブログの方の力説はその通りです。じゃあ何で行くかとなるとバスなのだが、このバスが微妙に面倒なのだ。バス自体は川崎駅と武蔵小杉駅からの市民ミュージアム行きがある。(ただJRのアクセスとバス自体の時間を考えると川崎駅から乗るメリットがわかならい)。本数も多めだ。しかしこのバスはそこに行く以外に何もない。つまり付加価値が全くないため、他の目的を兼ねて利用する人がほとんどいない。実は前述した「藤子・F・不二雄ミュージアム」「岡本太郎美術館」「日本民家園」「かわさき宙(そら)と緑の科学館」も交通アクセスも徒歩は微妙な位置にあるが、ただ地理的にほぼ固まっているといってよい(特にうしろ3つは生田緑地内)。市民ミュージアムはそういう相乗効果を生みそうなところがない。そして近隣住民の足を向かわせるような内容でもない。これでは利益がでるわけがないのだ。
では最初の問いに戻る。市民ミュージアムは利益を出すための施設なのか。言い換えると漫画や写真、映像資料の収集に文化的価値がないのか。これは×だ。むしろそういう施設が少ないだけに価値はあるし、短期的な利益は出さなくても、長期的な視点では利益が出る可能性は大いにある。フランスのシネマテークはアンリ・ラングロワという人物が私費を投じたコレクションがそもそものスタートだ。もちろん営利目的などではない。映画は誕生してからまだ100年ほどの比較的若い文化である。その当時文化的価値が定まっていなかった映画というメディアをラングロアのような個性的な人物、もっといえば奇人変人とよばれても仕方がないかもしれない人物の行動によって、そしてそれを後にフランス政府が金銭的にバックアップをするようになる。こうして世界でも有数のフィルムアーカイブは誕生した。この背景をきちんとふまえれば、市民ミュージアムに指定管理制度を導入することがおかしいということがわかるだろう。
ここで考える材料となるのは佐賀県の武雄市図書館の話である。指定管理者としてTSUTAYAの経営母体であるCCCが関わることになったので、ちょっとした騒ぎになったところである。私たちがあのニュースを聞いたときに感じた気持ち悪さは、書店と図書館という本を扱うという共通点だけで目的自体は全く違う業態が共存できるわけはないという点に集約できる。運営開始から5年たったが、事実だけ羅列すると利用者は増えた、満足度も高い、そして経常利益としては赤字は毎年出ていて解消されていない、ということ。
全体の「満足の内容」(複数回答)は「年中無休」が57・6%で最も多く、「居心地よい」42・4%、「夜9時まで開館」40・6%、「スターバックス併設」36・5%、「飲み物が飲める」31・0%が続いた。「販売用の本が読める」「豊富な雑誌、書籍が購入できる」の声も多く、コーヒー店や書店の併設効果が満足度に表れている。(2017年8月 佐賀新聞)
ここで興味深いのはどの点で満足しているかの内容が、それは民営ではなくても、ちゃんとやれば公営でもできそうなところが並んでいる部分だ。つまり蔵書の充実、開館時間の利便性、そして清潔な設備(カフェなどにいたっては隣接して存在すれば同様の効果があるわけだし)。これを利益が出ない中でやっているわけだから、民営でないとできないと結論づけることにためらいを感じる。ヒントはあるだろうし、真似するとよいところはある。けれどそれは図書館本来の役割を阻害し、運営の効率化や利益の出る仕組みにはつながらないということだ。
ウィキペディア「指定管理者制度」で記してある問題点に
・医療・教育・文化など、本来なら行政が直接その公的責任を負わなければならない施設までもが制度の対象となっている。
とある。そもそも図書館は儲かる場所ではないし、赤字だから図書館を潰せという論理は乱暴だ。私が税金を納めている理由は、税金が図書館運営のような公的サービスに使われているからであるし、公的サービスは利益の追求とは別次元のもので必要性があるものに存在すべきである。この点は市民ミュージアムもまったく同じだ。
浜崎さんによると、同社が示した賃金条件は財団時代に比べて7割減となる内容。指定管理者制度の導入に伴い、同社に移った学芸員は16人中9人にとどまった。その後も離職は続き、本年度に入ってからは館長、学芸部門長も退職する異例の事態となった。(2018年8月30日 神奈川新聞より)
公的サービスに「利益」を求めるとこうなるのは至極当然である。そしてこれは憂慮すべき事態である。
・地元の人が繰り返し利用したくなる
・遠方から足を運びたくなる
・ついでに立ち寄ったり、何かで利用して、そこからまた利用しようかなと思える
になってくると思う。
このあたりの視点は市民ミュージアムは明らかに欠けていたと思う。そこに民の知恵を導入できるのであれば、新しいコラボレーションの形ができたと思う(それができていたのであればの話だが)。実際ローカルなネタで行くと、武蔵小杉駅と直結している東急スクエアに移設した中原図書館は新規登録者が大幅に増えた。立地もあったが開館時間が大きく延長(夜9時まで)されたことも大きい、という。
私は以前、短い期間だが民間企業にいた。そして現在は公的な機関で働いている。公と民の違いは何ですかと聞かれると、大きなポイントは2つある。ひとつは現場で予算に関する決定権がほとんどないということ。もうひとつは自分自身の利益のためだけではなく、市民などの依頼者のことを第一に考えて仕事をしている、ということだ。実際市民ミュージアムも、今までやりたくてもできなかったことはたくさんあったと思うし、今回関わった指定管理者も、いろいろと思いがあったとは思う。ただ私は市の責任が一番大きいと思う。
市市民文化局は「雇用関係は当事者間で解決されるべきものと認識しており、推移を見守る」とコメントした。(2018年8月30日 神奈川新聞より)
他人事である。とにかくビジョンがない。そして一貫した姿勢もないからずるずると30年近くも慣例で来てしまった。その上での今回の出来事だととらえるべきだし、市民ミュージアムに指定管理者を選定した時点で、その程度の捉え方をしていたと露わになったと考えるべきだ。アートセンターと統合してもよいかもしれない。文化的活動を高めるためならきちんと予算をつけて、市民サービスにもつながる施設に育ててほしい。そしてこの施設を愛し、誇れる場所にしてほしい。私は川崎市はそういう活動に理解を示してほしいし、それが長い目でみれば本当の利益となるのではないか。単純に儲けたいなら市民ミュージアムは閉館してよい。
川崎市が市民ミュージアムをどんな施設にして、どんな価値を高めていきたいのか。きちんと考えてほしい。
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