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2011年8月14日 (日)

『ツリー・オブ・ライフ』を考える その1

 この作品について考えるにあたり、オープニングに一説が提示されるヨブ記のことは避けられません。私のつたない聖書の知識でもヨブ記は印象に残っているぐらい、旧約聖書の中でも鮮烈な印象を残します。簡単にいってしまえば「主は与え主は奪う」という摂理をヨブは本当に受け入れているかということを神とサタンが議論する話です。ヨブはその結果さまざまな悲劇に遭遇しますが、それでも神を呪うことはありません。結果神に祝福されるのです。するとこの映画で誰がヨブにあたるかと考えると母親ということになります。テレンス・マリックが得意とするボイスオーバー。本作では「長男」と「母」だけで「父」のボイスオーバーは出てきません(厳密にいうとあるにはあるのですが、ボイスオーバーの果たす役割が違います)。自らの生き方をgrace(恩寵)に委ねる母親に訪れる我が子を失うという悲劇。その生き方は幸せだったのか不幸だったのかが問われていくのです。ゆえにこの作品は母の物語で、最後の祝福の場面では「母親」が祝福され、それをみて長男であるショーン・ペンがそれに気がつき微笑むという解釈が出来ます。

まだ続きます。

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