『ブラック・スワン』
☆☆☆ 抑えた演出が裏目に出ている。
『レスラー』のダーレン・アロノフスキーが監督した本作は、アーティストにとっての表現とは何かという点で、興味深い作品になっていました。ただ上手く消化できていたかどうかとなると疑問符もついたのも事実です。
身体表現であるバレエもそうだと思うのですが、演劇や映画などでアーティストが演じるということは、人によっては自らの命を削るような思いで作り上げている面があります。そんな作業の果てには時に哀しくて残酷な結末が待っていることもあります。事実私たちはそんなアーティストたちのエピソードを知っています。本作で主人公は、白鳥の湖という作品の中で役柄として求められた部分、演出家の求める部分、さらには親が自らに求める部分や、自らがなりたい理想の部分とでもがき苦しみます。彼女がようやく手に入れた「パーフェクト」という領域が、禁断のものであったというところまで、アロノフスキーは抑えた演出で描いています。ただそれが裏目に出ている部分もあり、結果的に私たちの想像の域を超えることはなく、凄まじい状況を観客につきつけた『レクイエム・フォー・ドリーム』ほどの衝撃はありません(ただし映像表現という意味では本作の方がずっと深いものになっています)。それこそヴィヴィアン・リーの伝記の方がはるかに過酷ですし、すでに古今東西の様々な作品でアーティストの狂気はとりあげられています。ですから何かアロノフスキーならではの斬新さがほしかったなあというのが正直なところです。
ナタリー・ポートマンはオスカーを獲得しましたが、私はそれほど彼女が狂気の淵をのぞきこんでいるようにはみえず、やや不満が残りました。一方演出家を演じるヴァンサン・カッセルは、いろいろ考えているようでして実はそれほど深く考えていなそうな軽さが出ていて見事でした。
力作ではあると思いますが、何かもうひとつパンチは足りない作品です。
(TOHOシネマズシャンテ2にて)
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント