『トロン:レガシー』
☆☆1/2 見事なバージョンアップに感謝。
1982年に鳴り物入りで公開された『トロン』。全米では『E.T.』や『ロッキー3』の後塵を拝し興行は惨敗。批評も惨憺たるものでした。しかし中学生だった私はその予告編に大興奮。公開2日目に今はなき名鉄東宝で70ミリ上映をみたのでした。まずフルシェイドグラフィックで描かれたライトサイクルに大興奮でした。コンピュータで自由な視点を与えられたことでこんなことができるのかと驚いたのです。そしてその世界観も、友だちの家でパソコンにプログラムをテープからデータを読み込んでいた時代の私たちには充分衝撃的だったのです。
そんな「大好き」な作品に28年たって突然作られた続編。正直冷静な評価が書けません(汗)。いや、映画としては前作同様、かなり問題点ありなのですが、それでも私はこの作品は大好きです。まず前作の世界観をきちんと踏襲し、そのまま残したところ、グレードアップしたところ、変えたところをバランスよく並べています。ライトサイクルやレコグナイザーだけでなく、光子帆船まで出てくるとは! そしてあのスーツ! みんなちゃんと格好良くなってる。やればもっとフォトリアルなものにできるところを、そうしなかったところがニクい。これが『スター・ウォーズ』のプリクエルではできなかったところで、ちゃんと『トロン』の世界として納得できるのです。さらにオープニングのタイトルの出方でにんまりだし、アランもフリンも(デリンジャーの子どもまで)出てきて、ジャーニーまで流れる(笑)。もう見事なバージョンアップ!
ストーリーには突っ込みどころはあるのですが、プログラムを擬人化してサイバーワールドを描いた中で、ISO(同型アルゴリズム)という言葉が出てきたのにはドキッとしました。文系な私は正しく理解できませんが、プログラムを作るときにアルゴリズムは避けて通れません。つまりプログラムが自由意志を持つためには人工知能ではなく、そのプログラム自身が意志を持つアルゴリズムを持つ必要があるということ(ネタバレ:途中でISOだとわかるクオラがフリンから本を与えられて学ぶことができるのはそのため)。他のプログラムは所詮人間の産物であり、クルーが暴走したのもユーザーであるフリンに責任があるというのは、へぇと思いました。
ごひいきジェフ・ブリッジスは何でもやっちゃいますが、パフォーマンス・キャプチャーによる若返りでは実力を発揮できずといったところでしょうか。『ファイナル・ファンタジー』『ポーラー・エクスプレス』『ベオウルフ』と進化しているのは認めますが、なんか違和感が、というところが残された壁です。また私はIMAXでみましたが、『トランスフォーマー・リベンジ』と同じくIMAXのみスコープサイズがIMAXDMRフル(まあこれだとビスタと変わらなんのだが)に画面アスペクトが変化するシーンがあります。
おもしろい映画かと言われると正直微妙ですし、3Dを目当てにするとそんなに飛び出しませんからがっかりするでしょう。また映像革命かと言われると今回のベクトルはそうではない気がします。でも。もしあなたが『トロン』をみたことがあって好きな映画である、もしくは好きだったことがあったら。すぐに映画館へどうぞ。その思い出は汚されることなく、バージョンアップ、しかも愛と理想をこめて作られたニューバージョンを楽しめるはずです。(109シネマズ川崎シアター7にて)
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