『イントゥ・ザ・ワイルド』
☆☆☆1/2 演出家ペン、絶妙の立ち位置。
ショーン・ペン待望の長編監督第4作は、あのジョン・クラカワーの大ベストセラーノンフィクション『荒野にて』が原作。しかも音楽にはパール・ジャムのエディ・ベダーまで関わっているときいて、ずっとずっと待ち焦がれていました。そしてこの作品は彼らしい無骨ではあるけれど、一本筋の通った秀作になっていました。
まず演出家ショーン・ペンの立ち位置が絶妙のバランスにあること。原作を読んでいる方はわかると思いますが、この映画はクラカワーが主人公をみつめる視点とは違っています。ペンは今までの彼の監督作らしく、人生の歓びや哀しみを家族という尺度でとらえています。意外なことにペンはその生き方を手放しでは褒めないのです。このあたりは妹のモノローグによく出ていますし、周囲の登場人物の生き方もひとつの人生としてきちんと並行させていることからもよくわかります。ペンが人生の尺度を複眼的にとらえられるからでしょう。男はどこかにクリスである部分があります。そして何かしらのきっかけでクリスの持つ純粋さと引き替えに、自分の人生を何か犠牲にする部分が出てきます。それが大人になるということです。ペンは青春の輝きをノスタルジーではなく、等身大の人物として描きます。無謀さゆえに尊い経験をして学んだであろうその短い時間は誰からも批判されるものではないと、あたたかい眼差しを向けています。あのエンディングは命は落としてしまったのだけれど、彼が「幸せ」というものを実感することのできる大人になった姿だと感じました。
そして役者陣が素晴らしい。特に脇を固めるキャスティングが絶妙で、それぞれが主人公クリスが人生を考える上での重要な視点になっています。中でもヒッピーカップルの女性を演じたキャスリーン・キーナーと、穀物農家を演じたビンス・ボーン、そしてオスカーにもノミネートされたハル・ホルブルックの3人は素晴らしい演技をみせます。ハル・ホルブルックにいたっては、彼が登場するエピソードはごく短時間にもかかわらず、その年輪を感じさせる表情からにじみでる人生には心揺さぶられました。音楽も素晴らしく、ベダーの曲も見事でした。またサウンドデザインが見事で、こういう自然状況が過酷なロケーション中心の世界をきちんと描出しているのはさすがだと思います。
ショーン・ペンでしか作れないこの作品は原作と幸せな出会いを果たしています。なによりクリスが喜んでいるような気がしてならないのです。「幸せはそれを誰かとわかちあうこと」であるならば、君の人生の輝きをペンは人々とわかちあう機会をくれたのですから。
(109シネマズ川崎10にて)
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