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2008年6月 9日 (月)

『麦の穂をゆらす風』

20080602231645☆☆☆ 真っ正面に向き合う勇気、厳しさゆえのもったいなさ。
 ケン・ローチの作品を作品をみるのは実はこれが初めてでした。なるほど、この力強い真っ直ぐさは魅力です。しかしそれは諸刃の剣でもあるのも事実だと思いました。
 アイルランド独立史を背景にした物語は庶民レベルまで視点を下げたことで、歴史上のひとこまと切り捨てることのできない普遍性を獲得しています。特にキリアン・マーフィ演じる主人公を医者にしたのが大正解で、彼がなぜ自らの生き方とは全く世界の違う世界に身を投じたのかを前半はじっくりと描き、強い説得力をもって観客に迫ります。しかしこれが後半になって何が正解なのかわからない混沌がうまれてくると、彼らが持つ「純粋さ」が併せ持つ残酷さ、ひいてはそれゆえに招いてしまった悲劇に置いてきぼりをくらってしまったような感覚が残ります。私が一番辛かったのはやはり主人公の兄の姿でした。しかしこの物語はそのドキュメントタッチゆえか、それとも語り方の厳しさゆえか、そんな単純な感傷を許さない空気がある。これがケン・ローチの意図だったかどうかはわかりませんが、しかしあえて異論を述べるならば庶民の物語としたことで、あの兄弟を呑みこんだ悲劇をもっと悲しみとして観客側に受け止めさせる余裕はほしかった。できれば狂言回し的な存在がいてその人間を語り部として置いた方が、この物語に映画としての奥行きと個性を与えた気がします。しかしながらこういう作品を逃げずに作るその姿勢は素晴らしいし、その点だけでもこの映画はみる価値があります。キリアン・マーフィはすでに若手演技派としての評価を得ていますが、ここではまた実直で人間的優しさにあふれた青年を好演。本当に将来が楽しみな俳優です。
 デートムービーにはなりませんし、お涙ちょうだいな感傷はここにはありません。でも歴史に真っ正面から向き合った勇気ある作品で、真面目そうという理由でパスするにはもったいない力作です。

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