『ミュンヘン』
☆☆☆ スピルバーグの祈り。
重かったです。ラストの世界貿易センタービルの姿にはやはり考え込んでしまいますね。スピルバーグ入魂の1本は、アーティストとしての彼の祈りに近いメッセージを感じました。
この作品の最大の功労者は脚本のトニー・クシュナーでしょう。アブナーをはじめとするキャラクターの描き方をステレオタイプにしないようにステレオタイプを逆手にとったかのような描き方もユニークです。『エンジェルス・イン・アメリカ』(途中でとまったままだ、みなくては!)でみせたタブー視される要素をきちんと見据えるバランス感覚が、この作品をセンチな匂いやプロパガンダ的な色から救っています。印象深かったのはスピルバーグ演出術の得意技のひとつである陶酔的なアングルがなかったこと。少なくともこの映画の殺人(あえて私はそう呼びたい)場面でハラハラドキドキはあっても、それを実行したことに関しては、観客は「うまくいってよかった!」とは感じないはず。カタルシスを感じさせる余裕を作らず、ぎょっとするようなリアリティを突きつけて、さらにそれを注意深く観客に提示してきます。この点は『シンドラーのリスト』や『プライベート・ライアン』の有無を言わさぬ強引さとは対照的です。昨年の『宇宙戦争』もこの作品からふりかえってみると見方が変わってくると思います。アブナーの変化を見事に演じきったエリック・バナも見事ですし、ジェフリー・ラッシュ、キアラン・ハインズやミシェル・ロンズデールら脇役もきっちりした仕事ぶりです。
イスラエルとレバノンの現状をはじめ、あの9.11からすっかり変わってしまった世界に、この作品を問うたスピルバーグのアーティストとしての姿勢は評価すべきですし、作品自体の完成度もさすがだと思います。ただ好きな作品ではありません。
(新文芸坐にて)
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