2018年9月 2日 (日)

川崎市市民ミュージアムをめぐるニュースで

 川崎市市民ミュージアムがちょっと大変なことになっている。風のうわさでちらっと聞いたのが去年。またネットでそういう状況を発信されていたのをみたのも去年。そして今回のニュースである。

 川崎市市民ミュージアム(川崎市中原区)の指定管理者「アクティオ」(東京都目黒区)と有期雇用契約を結んでいた元副館長の浜崎好治さん(57)が、契約更新されずに雇い止めされたのは労働契約法に反して無効だとして、同社に従業員としての地位確認などを求める訴訟を30日、横浜地裁川崎支部に起こした。(2018年8月30日 神奈川新聞より)

直接的には雇用についての問題ととらえるべきニュースである。ただ今回のニュースにはいくつかの問題が混ざってしまっているので、そこを整理して切り分けて考えていきたい。

○指定管理制度は市民ミュージアムのような文化施設にマッチしているのか。
 これはどう考えても×である。根本的な解決にならない上に新たな問題が起きる可能性の方が大きい。ウィキペディアによれば、「利用時間の延長など施設運営面でのサービス向上による利用者の利便性の向上」や「管理運営経費の削減による、施設を所有する地方公共団体の負担の軽減」が意義として書かれているが、現状の問題点として以下のようなことも併記してある。そのうち、今回の件で該当しそうな部分は、人事と運営に関する部分だが、これが見事に当てはまっている。

・制度導入の真の狙いが運営費用と職員数の削減にあることから、行政改革の面だけが過剰に着目される。
・指定期間の満了後も同じ団体が管理者として継続して指定を受けられる保証は無く、選考に漏れるなどによって管理者が変更した場合は殆どの職員が入れ替わってしまうことも考えられる。また、指定期間が3~5年程度と短期間であれば正規職員を雇用して配置することが困難となるなど人材育成は極めて難しくなり、職員自身にも公共施設職員としての自覚や専門性が身につかない。
・指定期間の短さは人材育成と同時に設備投資や運営面での長期的計画も阻んでいる。特に教育・娯楽関連の施設では経費節減のために「場当たり的な運営」しか出来なくなることで集客力が減少し、それに伴う収益の減少によって必要経費も充分捻出できなくなり、結果として更に客足が遠のくといった悪循環に陥る可能性が高い。
・一般の職員が地方公務員扱いとならないので、地方公務員法による服務規定等が課せられず、また問題が発生しても同法による懲戒処分の対象とならない。
・地方公共団体に属する行政機関以外による運営が行われる事になる事から、(地方独立行政法人や地方公営企業と異なり)情報公開条例及び個人情報保護条例等の制度適用対象とならず、この事によっての情報公開及び個人情報開示等に関する問題が発生する事がある。(ウィキペディア「指定管理者」より)

 はやい話、収益を目的にやっていくのであれば、短期の派遣だけでまわしていけばよい、という民間の発想をそのまま、こういう施設に放り込もうということである。大間違いである。(そもそも市民ミュージアムは利益を出すための施設なのか、というところがまず引っかかってくるところなのだが、この点は後述)こういう施設には経験と知識が豊富な人材が必要であり、研究者としての側面を職員に求めるのであれば、なおさらその面が強調されるであろう。その点での人材育成が短期的な利益を生み出すわけがないのだ。ただ誤解を得ないようにしておくが、長期的な視点からは利益を生み出す可能性はゼロではない。そこから信頼を得て、利用者が増え、新たな価値が付加されることも往々にしてあるからだ。

○市民ミュージアムは利益を出すための施設なのか。
 これは×な上に、現状では無理、という結論でよいと思う。市民として、映画ファンとして、よく運営できるなあと心配するぐらいに、本当にお客さんがガラガラだったのは事実だ。そもそも市民ミュージアムは実に中途半端な存在として、30年間川崎市に存在し続けている。ここの特徴として漫画や写真、映像資料の収集に力を入れていることだ。収蔵品は約20万点に上り、常設展・特別展と共に、映像ホールが併設されている。そういう意味では実にまっとうな博物館である。 実際私も自分のサイトのために取材でお邪魔したことが2回ある。とても興味深かった展示だったし、映像上映もおもしろかった。

 ではなぜ中途半端かというと、歴史や美術など、すでに知名度や金銭的価値が定まってきている分野ではなく、そもそも歴史が浅く文化的価値が伝わりにくい漫画や写真、映像資料が柱になっているという点があげられる。この面でわかりすい例として川崎市内の他の施設を並べてみるとわかる。川崎市の博物館の最大の成功例は「藤子・F・不二雄ミュージアム」であろう。説明や分析が不要なぐらい来館者数が多いことは理解してもらえると思う。他にも「岡本太郎美術館」や「日本民家園」「かわさき宙(そら)と緑の科学館」などがあるが、これらの施設はわりと何がウリなのかがわかりやすい上に、その吸引力も強めだ。市民ミュージアムにはそれが少ない。私のような映画ファンだと映像ホールの価値を力説する。安いし魅力的な作品をたくさん上映している。ただここの上映作品すべてに吸引力があるかというと違う。玉石混淆な上、わかる人にはわかる、という専門的な作品も多い。(近隣在住の映画ファンであるこの私ですら足を運ぼうというのは年に2回程度だ)第二の「藤子・F・不二雄ミュージアム」を目指したくなる気持ちは分かる。でも成り立ちが違うのだから、そう簡単にいくわけがない。

 最大の問題点は立地だ。最寄り駅がタワマン林立と、それに伴う通勤ラッシュ地獄で知名度がさらにあがった武蔵小杉だし、等々力緑地にはフロンターレのホームグラウンド「等々力陸上競技場」や「とどろきアリーナ」などがある。ただフタをあけると本当にアクセスはよくない。まず小杉から徒歩で行くと30分はかかる。30分ですよ30分。余談だが、このブログの方の力説はその通りです。じゃあ何で行くかとなるとバスなのだが、このバスが微妙に面倒なのだ。バス自体は川崎駅と武蔵小杉駅からの市民ミュージアム行きがある。(ただJRのアクセスとバス自体の時間を考えると川崎駅から乗るメリットがわかならい)。本数も多めだ。しかしこのバスはそこに行く以外に何もない。つまり付加価値が全くないため、他の目的を兼ねて利用する人がほとんどいない。実は前述した「藤子・F・不二雄ミュージアム」「岡本太郎美術館」「日本民家園」「かわさき宙(そら)と緑の科学館」も交通アクセスも徒歩は微妙な位置にあるが、ただ地理的にほぼ固まっているといってよい(特にうしろ3つは生田緑地内)。市民ミュージアムはそういう相乗効果を生みそうなところがない。そして近隣住民の足を向かわせるような内容でもない。これでは利益がでるわけがないのだ。

 では最初の問いに戻る。市民ミュージアムは利益を出すための施設なのか。言い換えると漫画や写真、映像資料の収集に文化的価値がないのか。これは×だ。むしろそういう施設が少ないだけに価値はあるし、短期的な利益は出さなくても、長期的な視点では利益が出る可能性は大いにある。フランスのシネマテークはアンリ・ラングロワという人物が私費を投じたコレクションがそもそものスタートだ。もちろん営利目的などではない。映画は誕生してからまだ100年ほどの比較的若い文化である。その当時文化的価値が定まっていなかった映画というメディアをラングロアのような個性的な人物、もっといえば奇人変人とよばれても仕方がないかもしれない人物の行動によって、そしてそれを後にフランス政府が金銭的にバックアップをするようになる。こうして世界でも有数のフィルムアーカイブは誕生した。この背景をきちんとふまえれば、市民ミュージアムに指定管理制度を導入することがおかしいということがわかるだろう。

 ここで考える材料となるのは佐賀県の武雄市図書館の話である。指定管理者としてTSUTAYAの経営母体であるCCCが関わることになったので、ちょっとした騒ぎになったところである。私たちがあのニュースを聞いたときに感じた気持ち悪さは、書店と図書館という本を扱うという共通点だけで目的自体は全く違う業態が共存できるわけはないという点に集約できる。運営開始から5年たったが、事実だけ羅列すると利用者は増えた、満足度も高い、そして経常利益としては赤字は毎年出ていて解消されていない、ということ。

全体の「満足の内容」(複数回答)は「年中無休」が57・6%で最も多く、「居心地よい」42・4%、「夜9時まで開館」40・6%、「スターバックス併設」36・5%、「飲み物が飲める」31・0%が続いた。「販売用の本が読める」「豊富な雑誌、書籍が購入できる」の声も多く、コーヒー店や書店の併設効果が満足度に表れている。(2017年8月 佐賀新聞)

 ここで興味深いのはどの点で満足しているかの内容が、それは民営ではなくても、ちゃんとやれば公営でもできそうなところが並んでいる部分だ。つまり蔵書の充実、開館時間の利便性、そして清潔な設備(カフェなどにいたっては隣接して存在すれば同様の効果があるわけだし)。これを利益が出ない中でやっているわけだから、民営でないとできないと結論づけることにためらいを感じる。ヒントはあるだろうし、真似するとよいところはある。けれどそれは図書館本来の役割を阻害し、運営の効率化や利益の出る仕組みにはつながらないということだ。

ウィキペディア「指定管理者制度」で記してある問題点に
・医療・教育・文化など、本来なら行政が直接その公的責任を負わなければならない施設までもが制度の対象となっている。
とある。そもそも図書館は儲かる場所ではないし、赤字だから図書館を潰せという論理は乱暴だ。私が税金を納めている理由は、税金が図書館運営のような公的サービスに使われているからであるし、公的サービスは利益の追求とは別次元のもので必要性があるものに存在すべきである。この点は市民ミュージアムもまったく同じだ。

浜崎さんによると、同社が示した賃金条件は財団時代に比べて7割減となる内容。指定管理者制度の導入に伴い、同社に移った学芸員は16人中9人にとどまった。その後も離職は続き、本年度に入ってからは館長、学芸部門長も退職する異例の事態となった。(2018年8月30日 神奈川新聞より)

公的サービスに「利益」を求めるとこうなるのは至極当然である。そしてこれは憂慮すべき事態である。

 ただ。
 私は今までの市民ミュージアムの運営が全面的に問題がなかったとは思っていない。やはり運営上の問題はあった、やり方に改善点は多かったのではないかと考える。実際利用者が増えるための工夫は足りなかったと思うし、必要なお金はかけられていなかったと思う。
 まず常設展のつまらなさ。これもまたどっちつかずの中途半端さなのである。ここは地域の歴史についての展示もあるのだが、同じ県内の横浜市歴史博物館の素晴らしさと比較するとスペースは狭く、あまり工夫は感じられない。できればスペースをひろげるか、歴史は別の施設で行った方がよい気がする。そして映像や写真、漫画関係の展示の充実をはかる。国立映画アーカイブというお手本もあるのだから、やり方はいろいろあるのではないか。
 でも個人的に一番の提言は映像ホールの運営に関してである。実は川崎市には川崎市アートセンターという芸術文化施設が新百合ヶ丘(駅から徒歩3分、周辺には商業施設もあり立地も素晴らしい)にあり、ここがまたとてもよい施設である。100席ちょっとの映像ホール(アルテリオ映像館)があるが、ミニシアター的な、もしくは名画座的なラインナップで連日実に多様な作品を上映してくれている。これに対し、市民ミュージアムは270名ほどの立派な映像ホールを土・日にそれぞれ2回ずつしか上映しない(価格は安いけれど)。これが30年近くずっとそうだったのだからビックリである。諸事情抜きの提案だがこの映像ホールに加えて、もう1つ館内に100席程度のホールを作る。2館態勢で連日上映する。名画座的な性質と、2番館的な性質と、アーカイブ作品の公開的な性質が、共存できるはずである。そもそも川崎市は現在駅前がシネコン天国のようになっているが、実は名画座的な性質を持つ所やミニシアター系の性質を持つところがかなり少ない。余談だが「午前十時の映画祭」の上映は県内だと海老名や横浜はあるのだが川崎にはなく東京23区内か、立川か、鴨居まで出るしかない。だからそういう方面に興味がある方への供給はほとんどない。編成次第では大きな柱となれると考えるし、アーカイブ同士でのつながりができてくると、また違ってくるような気がする。需要は絶対にある。近所の家族連れ、学生さん、年配の方が足を運べるところになれば、

・地元の人が繰り返し利用したくなる
・遠方から足を運びたくなる
・ついでに立ち寄ったり、何かで利用して、そこからまた利用しようかなと思える
になってくると思う。
このあたりの視点は市民ミュージアムは明らかに欠けていたと思う。そこに民の知恵を導入できるのであれば、新しいコラボレーションの形ができたと思う(それができていたのであればの話だが)。実際ローカルなネタで行くと、武蔵小杉駅と直結している東急スクエアに移設した中原図書館は新規登録者が大幅に増えた。立地もあったが開館時間が大きく延長(夜9時まで)されたことも大きい、という。

 私は以前、短い期間だが民間企業にいた。そして現在は公的な機関で働いている。公と民の違いは何ですかと聞かれると、大きなポイントは2つある。ひとつは現場で予算に関する決定権がほとんどないということ。もうひとつは自分自身の利益のためだけではなく、市民などの依頼者のことを第一に考えて仕事をしている、ということだ。実際市民ミュージアムも、今までやりたくてもできなかったことはたくさんあったと思うし、今回関わった指定管理者も、いろいろと思いがあったとは思う。ただ私は市の責任が一番大きいと思う。

市市民文化局は「雇用関係は当事者間で解決されるべきものと認識しており、推移を見守る」とコメントした。(2018年8月30日 神奈川新聞より)

 他人事である。とにかくビジョンがない。そして一貫した姿勢もないからずるずると30年近くも慣例で来てしまった。その上での今回の出来事だととらえるべきだし、市民ミュージアムに指定管理者を選定した時点で、その程度の捉え方をしていたと露わになったと考えるべきだ。アートセンターと統合してもよいかもしれない。文化的活動を高めるためならきちんと予算をつけて、市民サービスにもつながる施設に育ててほしい。そしてこの施設を愛し、誇れる場所にしてほしい。私は川崎市はそういう活動に理解を示してほしいし、それが長い目でみれば本当の利益となるのではないか。単純に儲けたいなら市民ミュージアムは閉館してよい。

 川崎市が市民ミュージアムをどんな施設にして、どんな価値を高めていきたいのか。きちんと考えてほしい。

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2018年7月19日 (木)

「夏への扉を、もう一度『1999年の夏休み』30周年音楽会」

2018719a  「夏への扉を、もう一度『1999年の夏休み』30周年音楽会」というイベントに足を運んできました。私がいかにこの作品を好きかは昨日のブログを読んでいただきたいのですが、今夏デジタルリマスター版として上映される本作の魅力の1つが、中村由利子さんの音楽です。この映画で中村さんを知ってから、自分の部屋や、仕事場や、端末から、中村さんの音楽は流れ続け、ずっと身近にあったことは間違いはありません。その中村さんの演奏を、しかも『1999年の夏休み』がメインで、生で聴けるなんて! 絶対に足を運ばなくては!!となった次第です。当日は映画&海外ドラマライターとして活躍されている小原雅志さんとも再会。どんな感じのイベントになるのか結構不安だったので小原さんに会えて一安心でした(汗)。

 イベントがスタートして、何度もみている冒頭のシーンがはじまります。そこに中村さんの「哀しみのラプソディー」が生演奏で重なります。もうそこで涙腺決壊(汗)。生で聴けたという事実もそうですが、何よりそのメロディが持つ力が、最初にこの曲を聴いたときの感激のように、あらためて自分の心をふわっと包みこまれたように思えたのです。もうそこからはイベント中、ずっと夢心地。ずっとずっと身近に流れていたあの曲も、即興で演奏された曲も、金子監督の他の作品の曲も。どれもこれも宝石のように輝いていて、でも今日のそれらの演奏は聴き終えたらそこから消えて自分の心にしか残らないことが切なくて。

金子監督は別の作品の舞台挨拶を拝見したことがありましたが、同じような語り口でありながら、やはりお年を召されたなあと自らも振り返って、30年の月日を感じました。トーク中にハインラインの「夏への扉」の話が出てきたのは嬉しかったですね。宮島さんは本当に大人の女性として年齢を重ねられていてステキでした。吹替生ボイス! 画面見ないでやるなんて大変なのに、と思いながらこれは海外ドラマをみている身としては感激でしたよ。

そして「ウェイティング・フォー・ブロッサムズ」の演奏がはじまって。ああ、これが流れるとまた現実に戻るんだなあと、ここでまた涙ぐんでしまいました。

終演後、CDが即売されていたので、滅多には発動しないミーハーモードを全開してしまいました!(汗)。持参した「風の鏡」のCDにまでサインをいただいてしまいました。20180719c20180719d

 さらには金子監督にまでお願いして、持参したロードショー公開時のパンフレットにサインをいただいてしまいました。もう大感激です。

若い頃にみた作品にこうやってあらためて触れるという場面は、自分の年齢もあって機会としては増えた気がします。しかしこのイベントはやはり特別でした。それはやっぱりメインに音楽があったからではないかと思います。中村さんのピアノで、自分はあらためて魔法にかけられて、あの『1999年の夏休み』の世界にふっとひこまれてしまったように思いました。またこのイベントは多くの関係者の方々、そしてファンや有志の方々の支えで、実現したのではないかと察しました。感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

さあ、いよいよデジタルリマスター版の再公開ですね!

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2018年7月18日 (水)

『1999年の夏休み』と私

 この文章は『1999年の夏休み』について書いた物だが、まず先にお断りしておこう。この文章はきっと矛盾だらけで、読んでもすっきりとしないし、私が何を伝えたいのかが、はっきりと見えてこないと思う。理路整然と話すことを旨とする身であるが、こればかりはどうしようもない。だからきっとうまくいかないこの試みが何を目的にしているか最初に意図だけは伝えたい。

 この作品をなぜ自分が好きなのかを公開後30年たっての自分なりの分析を試みたいのだ。結論はわかりきっている気がするけれど。

 私がこの映画をみたのはまずビデオでだった。高3、一浪、大学1年と、人生の中で一番映画をみて、音楽を聴いて、本を読んでいた頃だった。はまった。どこがピタッとはまったとか、何かに心を動かされたとか、そんなわかりやすい説明はできなかった。ただ何度も繰り返し再生する1本となった。やがて名画座での上映も経験して、心から好きな大切な映画になった。物語のトーンも好きだ。私は海外のSF小説から読書に入った人なので、近未来とか、輪廻転生とか、タイムトラベルとかの設定に惹かれる。

 興味の入り口は脚本の岸田理生さんだった。私が高校生の時に衝撃を受けたガルシア・マルケスの「百年の孤独」を題材にした傑作『さらば箱舟』の脚本家の方だ。寺山修司も凄いとは思うのだが、あの小説をあそこまで独創的に料理したのは岸田理生さんの力だと信じている。その人が、私の大好きな「11人いる!」の作者である萩尾望都さんの原作を翻案するという。「トーマの心臓」は当時未読だったが、「11人いる!」はSF物大好き人間としてはその面白さにニヤニヤしながら読んでいた。ただ、あとで読んだ「トーマの心臓」にはホモセクシュアルの香りも漂わせながら、実は宗教的なバックボーンまで感じられたし、そしてそもそもがフランス映画『悲しみの天使』がモチーフになっていることもわかったが、この2つにはそれほど感銘は受けなかった。
 だからあらためて思うのは、岸田理生と萩尾望都という組みあわせが『1999年の夏休み』には夢幻的でありながら独特のリアリティをもたらしたと思っている。閉鎖的な空間の中で展開される「生まれ変わり」と「少年たちの交流の物語」に、そもそもが閉鎖的な空間であるステージ表現の構成力がもたらされたのだから、鬼に金棒といってよい。加えて本作のセリフは実に詩的で、魅力的であるのも、岸田理生さんの貢献は大きかったのだと思う。

 金子修介監督は当時にっかつ出身の俊英として知られる新人だった。後追いでみたデビュー作『宇能鴻一郎の濡れて打つ』は「エースをねらえ!」をおちょくった大爆笑ものの作品で、コミカルな作風の人だと多分ほとんどの人(私も)が思い込んでいた。このあと金子監督は、驚くほど多様なジャンルで幅広い内容の作品を監督し続けている。怪獣もホラーもアクションもコミック原作もある。しかし後からフィルモグラフィを眺めると、やっぱりこの作品は金子監督の作品群からは突出して異色であると考える。
 監督作品を並べてみると、きっちりとした演出構成で組み立てる職人的な腕を持っている方だ。事実『あずみ2』や『学校の階段3』はシリーズ物の前作から監督を引き継いでいるし、『ガメラ』も『就職戦線異状なし』も金子監督ならば、あの脚本を何度映画化しても同じ水準の作品に完成させられるように思える(別な意味で『卒業旅行』は無理だと思いますが)。また映画的表現としてケレン味の利いた作品が多く、ジャンル系も得意にしている。そのせいか『毎日が夏休み』『デスノート』『神の左手悪魔の右手』といったコミック原作の映像化もとても多い。そんな演出の向こうに見え隠れするのは、コミカルでありながら観客を引きよせるエモーショナルなサジ加減と、肉体が未成熟であるが故の独特なエロティシズムである。コミックが原作の場合は特にケレン味全開となっている傾向が強い。また本作と同様に4人の少女が揃った『少女は異世界で戦った』に至っては、いかにも金子監督らしい趣向はあるものの、『1999年の夏休み』と同じ匂いはしない。演出の腕できちんとみせる。また金子監督作品には一般的に理解される性的な「いやらしさ」がほとんどない。ロマンポルノ時代の作品ですらいやらしくなく、カラッとしたタッチである。むしろ『ガメラ3 邪神覚醒』の前田愛がイリスに取り込まれるシーンのように、フェティッシュな描写に官能を感じさせるものが潜んでいる。本作で言えば、寄宿舎での生活であり、あの男子校とは思えない制服デザインである。何より男の子を女の子に演じさせて、さらに声を吹き替えるという発想が端的であろう。
 それでもやはり本作は他とは違う。全編がシリアスだし、誇張された表現も少ない。でも間違いなく金子監督が作りたかったものがぎゅっと濃縮された世界であることは表出した気がする。何か人知が及ばないような力が加わって、同じようには作ることのできない作品となっているとしか言い様がない。

 撮影の高間賢治さんは、実は映画よりも先に「マスターズ・オブ・ライト」の共同翻訳者として名前を覚えていた。だからなのかもしれないが、オープニングのナイトシーンの画作りからして、いわゆる邦画的なセンスとは違うように感じられた。パンフレットやチラシなどの宣伝材料に掲載されているスチル写真とのトーンの違いでもよくわかる。悠がランプを手にして歩くシーン。後に別のインタビューで、これまた私の大好きなキューブリックの『バリー・リンドン』などで知られるジョン・オルコットのライティングを参考にしていると語っていた。ノスタルジックにも感じられるレトロフューチャーな世界が高間賢治さんの手で画として紡がれていく。

 主演4名のうち、あらかじめ知っていたのは中野みゆきさんだけだった。でも魅せられてしまったのは宮島依里さんだった(しかも、3役のうちの1つは無名時代の高山みなみさんの声の表現力が加わるのであるから、もはや無敵である)。オープニングでは何とも思わなかったのに、エンディングの頃にはもう愛おしくて仕方がなかった。ステキな笑顔で。でもどこか悲しい陰りがあって。何と表情の豊かな女優さんなのだろう! 何しろ当時夜型だった私が「ドーナツ6」のために早起きしたし、「3年B組金八先生」のニンジン嫌い娘や「リトルボーイ・リトルガール」の戦時中の少女(歌声まで聴かせてくれる)も印象的だった。魅力的な女優さんであり、声優さんとしての活躍ぶりは本当に嬉しいのだが、結局私の中では『1999年の夏休み』の彼女の魅力を超える役はなかったように思える。そのぐらいあの存在感は凄かった。そしてそれだけで私は一生宮島依里ファンでいようと思っている。

 そして本作に完璧な魔法をかけたのは中村由利子さんの音楽である。これが後で既成曲の使用と聴いたときには本当に信じられなかった。それぐらい完璧だった。どの曲も好きだけれどあのエンディングの「ウェイティング・フォー・ブロッサムズ」が映画に与えたトーンは素晴らしい。まだ目覚めたくないという後ろ髪を引かれるような気持ちと、新しい一日の始まりが待ち遠しくて仕方がない、そんな相反する感情がおだやかな空気の中でまどろみながら漂う、そんな朝のようなエンディング。この曲のおかげで、この作品はもう一度みたいという気持ちにされるように思う。あのシーンだけをみたい!じゃなくて、全編に身を委ねたいという感情がふっと自分の中にあることに気がつく。中村さんの音楽が、最後の仕上げとして、この映画に「特別」な何かを与えたのだ。
 余談だが、大学1年の時に私はある女性に恋に落ちた。その女性との距離を一気に縮めるキッカケとなったのは中村由利子さんである。何の気なしに向こうが最近聴いている音楽として中村由利子さんの名前が出たのである。彼女は本作で使われた「風の鏡」が大好きだったようで、私は「いいよね」と答えたら、「知ってるの?」と驚かれた。そもそも周囲に知っている人があまりいなかった上に、普段UKロックばかり聴いている私が知っていたことが意外だったらしい。私はセカンドアルバムの「時の花束」も大好きだったが、彼女はこれをまだ聴いたことがなくて「貸して!」となってすっかり盛り上がった次第。もちろん彼女に『1999年の夏休み』をみせた。そして彼女も本作をすごく気に入った。その後、せっかく恋人同士の関係になれたのに残念ながら自分が至らず、結果的に私は別の女性と結婚した。でも自分が少しだけ常識的な人間性を身につけられたのは彼女との交際がきっかけだったし、今でも大切な思い出だ。

 そう、この余談が象徴しているように、本作は私には極めてパーソナルなものなのだと思う。それどころか、傲慢な言い方をすれば、私の「好き」なものや「好き」な要素が妙にブレンドされて、才能のある「好き」な方々によって映画になった作品だと言える。まるで私のためにオーダーメイドされたかのように、である。そんな作品と出会って、間違いなく私は恋に落ちたかのように夢中になったといえる。だからなんで好きなの?と理由を聞かれても答えられない。ただ好きになったのだから。好きになることに理由はない。
 だから他の人から好きな映画としてあげられると、嬉しいと同時に、ちょっとだけ嫉妬心に近い感覚もある。私が何かのマイベストで本作をあげることはないかもしれない(実際あげた記憶があまりない)。オススメの作品と尋ねられても本作をあげることはない。でも。信頼できる大切な誰かに、しつこくしつこく尋ねられたら、「実はね・・・」とそっと心の奥から取り出した中に、本作は必ず入っている。

 そんな作品が公開から30年たった2018年の今年に、デジタルリマスター版として復活する。
https://www.facebook.com/30th1999/

 この出来事がどれだけ私にとって驚きだったか分かってもらえると思う。熱狂的なファンはいるけれど世間一般の知名度は高いとは言えず、インディペンデント作品で大ヒットしたとも言えない。そんな作品がまた映画館で上映されて、私の前に姿を現そうとしている。まるでタイムトラベラーのようにロードショー公開時そのままの姿で、時を超えて。これだけの事実で私は胸がいっぱいになってしまうのだ。

「私がまだ何も知らなかったあの年の夏休み。世界がそれまでとは全く違って見えるようになった。いや、実は私自身が卵の殻を破って変貌したのであろう。今でもハッキリと思い出す事ができる。あの年の夏休み。まるでまだ昨日のことのような気がしてならない。」(作品冒頭のモノローグ)

 私は約30年前に『1999年の夏休み』と出会って、本作が好きになった。本作がこうやって再上映されることは嬉しいのだが、自分が本作を好きでいる気持ちが変わったらどうしようと、ふと思うことがある。世の中は儚くて、永遠のものは存在しない。それでも本作の魅力に身を委ねるかのように、私は日本映画専門チャンネルで過去にオンエアされたHD映像を自分のシアタールームで再生する。そして「ウェイティング・フォー・ブロッサムズ」の流れるエンディングと共に、現実世界に戻っていく。そんなことを30年近くも繰り返している。悠が何度も何度も現れるように。

それでいいのだと思っている。

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2018年5月 4日 (金)

NTL『エンジェルス・イン・アメリカ』

Ntl2018_2  『エンジェルス・イン・アメリカ』の舞台版がナショナル・シアター・ライブで上映されました。第一部と第二部あわせて約8時間にもなるこの作品、まさか日本でみることができるとは! もうそのこと自体が"Great work!"なのかもしれません。

 私がこの作品を知ったのは、本作の第一部がトニー賞を席捲した1993年、その受賞についてのニュースで、でした。何しろトニー賞だけではなく、のちにピューリッツァ賞までさらうのですから、どこまで凄い作品なのだろうと興味を持ちます。次にこの作品の題名を耳にしたのは、本作がTVミニシリーズとしてドラマ化されて、2004年のゴールデングローブ賞とエミー賞のほとんどをかっさらった時でした。何しろGGの方では最多タイとなる11部門受賞(28年ぶりの快挙)、エミー賞はミニシリーズが獲得できるものを完全制覇してしまったのです。つまり演劇、映像の最高峰の賞を本作一作で独占したことになります。しかも映像化に関わったその顔ぶれがすごい! 監督はマイク・ニコルズ、音楽はトーマス・ニューマン、出演はアル・パチーノ、メリル・ストリープ、エマ・トンプソン! (ちなみにアル・パチーノとメリル・ストリープという当代随一の名優が共演したのは本作のみ) そして2004年末に日本ではそのミニシリーズがWOWOWでオンエアされ、私はそこでみることができました。
 感想は・・・難しかったです(汗)。実は最初はよくわからず途中でみるのをやめてしまいました。とにかくもの凄い情報量な上に、その当時の社会背景やアメリカ近現代史の出来事をわからないと理解できない部分が少なからずあったからです。そのあと(2年近くたって!)ひょんなことから再挑戦したのですが、一気にのめり込みました。当時の興奮ぶりが、このブログにも記載されています。

『エンジェルス・イン・アメリカ』
『エンジェルス・イン・アメリカ』全体の感想
『エンジェルス・イン・アメリカ』自分の中での2つのツボ
素晴らしいスタッフ&キャストたち

閑話休題

 さてステージ版ですが、本当に素晴らしかったです。これはアメリカ近現代史や同性愛やゲイといった事項に関心がある人はもちろんのこと、何より演劇が好きな人は絶対に足を運んでもらいたいと思いました。
 映画版を私は先にみているわけですが、基本的な構成はほとんど変わっていない思いますが、あらためてミニシリーズ版は映像という特性を実にうまく生かしていたのだなあと感心しました。一方このステージ版は何が違うかと言えば、演じ手のライブ感につきると思います。かなりシリアスな印象だったミニシリーズ版と比較すると、ステージ版はお客さんが笑うところがいっぱいありました(私が単に笑うツボに気がつかなかっただけかもしれませんが)。どこかミニシリーズ版が俯瞰的に、つまり神の視点のような冷静さがあったのに対して、ステージ版は観客のいるところに登場人物たちも一緒にいて、そこに天使たちがやってくるという感覚でしょうか。だから第二部のクライマックスとなる天国でのやりとりの印象が全然違いました。プライヤーが語る「それでも生きたい」にあれほどの説得力があるのは、ステージのライブ感としか言い様がありません。
 またある程度の時間がたったことで私たち観客が、あの時代をみつめる視点を得たこともステージ版の演出に少なからず作用している気がしました。トニー・クーシュナーがゲイカルチャーやユダヤ人という立場からのパーソナルなものだったはずなのに、さまざまな被差別の要素も巻き込んで、そんなマイノリティーたちと共に生きることの重要性が普遍性を獲得してきたとも言えます。
 本作の素晴らしさを伝えるには私の語彙では全く足りないのですが、見終えたあとに「生きることは素晴らしい」という気持ちになれるという事実だけでも、本作の凄さがわかっていただけるのではないでしょうか。基本的に芸術とは「生への祝福」という行為だと私は考えます。讃えたり否定したりとアプローチは違えど、人間が生きる上での営みの本質を見つめることです。それを本作は成し遂げています。生きていることで祝福される、終幕のプライヤーのモノローグに胸を打たれたのは、今なお生きることが難しい時代ゆえにとも言えますし、そこが本作が持つ普遍性なのでしょう。

 と、偉そうに書いていますが、あまりにも凄すぎて完全に消化しきれていないところはありますし、独創的で理解していない部分も多いと思います。わからなかった固有名詞もありました。でもこういう作品を理解するためにサブテキストを見つけて調べるということも自分では楽しいです。素晴らしい作品はそれだけでも心を豊かにしてくれますが、その先もこうやって導いてくれるのですから。幸せなことです。

 俳優陣はみなさん本当に素晴らしい。このスケールを毎晩演じるという事実だけでも凄いのですが、もう表現力の引き出しの多さに圧倒されます。特にアンドリュー・ガーフィールドが演じたプライアーは圧巻で、この時代に災厄に巻き込まれることで預言者という立場になってしまう物語の流れがすんなりと理解できたのは、ガーフィールドが笑いと悲しみの絶妙のバランスの上で、プライアーを演じていたからだと思います。またロイ・コーンを演じたのがネイサン・レインだったことも大きな差違となりました。パチーノが演じたことで出てきたロイ・コーンの大物感というか重さは消えたのですが、逆にゲイでありながらそれを絶対に認めない欺瞞の権化のような男の滑稽さがにじみ出てきました。しかもレイン自身がゲイであり、彼自身もそこについては人生の中でいろいろな思いがあったはずです。そのあたりがロイ・コーンのセリフにダブってみえてきた部分もあって、レインならではの役作りとなっていました。いわゆるODSに分類される物をみるのは2回目だと思うのですが、やはり本物の演劇とは別物だと感じました。特に本作はステージという空間をかなり独創的な構成をしています。場面転換も多く、時には同時進行でわざと後ろに前場面を残したりもしていました。これはステージで目の当たりにすることが可能だったら・・・と感じました。しかし本公演を物理的にみることができない人にとっては有益な手段だとも実感しました。日本でA・ガーフィールドやN・レインが出演する舞台をみるなんて絶対に無理です。そんな素晴らしい俳優陣のステージに少しでも触れることができただけでも、喜ばしい限りです。

 数少ない本物の一級品であることは間違いありません。残念ながら今のところ、再映の機会はないようです。でももしこのステージに接するチャンスがあったら、ぜひ足を運んでください。

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2017年10月 8日 (日)

『デルス・ウザーラ』70ミリプリント版(フィルムセンター)

 昨日10月7日にフィルムセンター大ホールでの『デルス・ウザーラ』70ミリ上映をみてきました。素晴らしい経験でした。twitterでつぶやいたら予想外に賛同していただけた方が多くいらっしゃいました。そこで自分の備忘録と、なぜそこまで自分が『デルス・ウザーラ』に魅了されたのかを、ここにまとめておきたいと思います。かなり長い文ですが、おつきあいいただければと思います。

<黒澤作品との出会い>
 私が映画に興味を持ったのは小6から中1にかけてで、当時は名古屋在住でした。1970年代後半の名古屋には、東京や大阪と比較しても名画座という物がほんとんどありませんでした。ビデオというメディアもなかった時代ですから、旧作をみる機会は本当に限られていました。その中で初めての黒澤体験は、1982年に地上波テレビ放送でみた『七人の侍』で、3時間圧倒されたというのが実感でした。その後、その年がたまたま東宝創立50周年だったので、年末にかけて旧作の特集上映が東宝上映館(名古屋はエンゼル東宝)でありました。その中で『生きる』(同時上映は『駅STATION』でした)と『天国と地獄』をみることができました。やがて川崎に転居してからは首都圏の名画座をまわって黒澤作品を数多くみることができました。リアルタイムの黒澤作品は1985年の『乱』からです。オールドファンからはあまり評判はよくないですが、神の視点から俯瞰したように描く時代劇は当時の私にはかなり衝撃的で好きな作品です。

<『デルス・ウザーラ』との出会い>
 1980年代中頃からビデオソフトが出始めます。しかし黒澤作品の国内正規版はなかなか出てきませんでした。ちなみに『乱』までの黒澤作品の権利を持っていた会社は5社。大映(『静かなる決闘』『羅生門』)、松竹(『白痴』)、ポニーキャニオン(『乱』)、CBSソニー(『デルス・ウザーラ』)、そして残りが東宝なのですが、この中で一番早くに国内正規版がリリースされたのは、実は『デルス・ウザーラ』でした。この作品は配給が日本ヘラルドだったため、当初はCBSソニーがVHSをリリースしていました。しかも当時には珍しいフルフレームのノートリミング版で。初めてビデオでみた黒澤作品がこれでした。いつもの黒澤作品らしい激しさはありませんでした。でも画が写実的でありながら物語は寓話的な表現と、静けさの中にも厳しさと強さを内包しているその語り口は素晴らしいの一言で、心に残りました。最後の「鷲の歌」もぐっときました。当時の自分の鑑賞メモには「自然と人間をワイド画面で見つめる力業。」と記してあります。作品自体の力もそうですが、過去の黒澤作品のあと、『乱』をみてから『デルス』をみた順番もよかったのかもしれません。今から思えばこの作品は、カラーになった後期黒澤作品と、その前の作品との転換期にあった作品ですから、作風の変化を自然に受け入れられたのかもしれません。

<『デルス・ウザーラ』の受難>
 『デルス・ウザーラ』は前述のVHSリリース状況でわかるように、ソ連作品と言うことで他の作品とは扱いが違うことが多かったです。BS放送などでもかかることは他の黒澤作品と比較しても少なかったですし、特集上映でも、何本かで構成される時には上映されることが少なく、全作という時でも外されることが少なくなかったと記憶しています。ここ最近でいえば2010年の黒澤生誕100周年時のシャンテシネでの上映はありましたが、同企画の大阪上映時には上映されませんでした。
 またビデオリリースでも残念な扱いが続きます。初リリース時のCBSソニー版は字幕打ち込み状態での日本公開時のポジフィルムから起こされた素材。VHSは基本的にずっとこのままでした(最終的には東宝から再リリース)。一方DVDですが、まず東宝から他の黒澤作品と一緒にリリースされます。しかし他の黒澤旧作群が徹底的にブラッシュアップされているのに、『デルス』はほったらかし。画質はお世辞にもよいとは言えず、音声はモノラルのまま。とても残念でした。ただ同梱されていた約50ページに及ぶブックレットは本当に貴重です。ソローミン氏の文章もありますが、もっとも興味深かったのが、黒澤組でスクリプターとして、そして時にはきっともっと大きな役割を果たされていたであろう野上照代さんの「『デルス・ウザーラ』製作の現場」という文章でした。今から考えれば後述する「樹海の迷宮」にも掲載されていた製作日誌を抜粋した物だったかもしれません。
 しかし時には海外製作と言うことでの幸運もあります。この後、意外なところからも正規版が登場します。なんとロシア映画評議会(RUSCICO)が素材化したものを日本でロシア映画を多数リリースされているIVCが発売したのです。音声は初の5.1ch! 特典も日本初のものがある! もう狂喜乱舞ですぐ購入しました。しかし本編が2枚に分割され、音声も5.1chにはなっていたけれど勝手にSE類が付け足され(比較するとわかります)、画質についても悪くはないけれどそこまで劇的な変化とは思えず、失望感も大きい商品でした。その後、もう一度、2013年にオデッサエンタテインメントより3度目のDVDリリースがありましたが、世はすでにHD映像全盛の時代。ブルーレイを楽しみにしてこちらは購入しませんでした。しかし国内正規版はいまだにどこからもブルーレイは未リリース。東宝はDVDで出した他の旧作はちゃんと発売しているのに・・・。本当に残念です。

<「黒澤明 樹海の迷宮」の衝撃>
 2015年に『デルス・ウザーラ』をめぐる状況に大きな変化をもたらす書籍が登場します。小学館から出版された「黒澤明 樹海の迷宮」です。本書は大きく分けて3つの要素で構成されています。まず製作に至るまで、そして完成後を追った笹井隆男氏のルポ。さまざまな記録を検証した新事実の数々は驚きでした。そしてデルス・ウザーラの決定稿(これもびっくりだった)。でも何よりも読んだ私が衝撃を受けたのは野上照代さんの撮影日誌でした。『デルス・ウザーラ』の撮影が時期的にも物理的にも本当に大変だったというのは有名な話です。晩年黒澤監督がかぶってらっしゃった帽子は、この撮影期間中にかぶっていたものを作り直して使っていたそうです。遺作『まあだだよ』公開時のインタビュー時では、「あの時の撮影は大変だった。あの苦しみを耐えたのだから、他の事も何でもできる、そんな気持ちでかぶっている。」と発言しています。そんなすさまじい状況をずっとそばにいた野上さんがひたすら客観的に記録しています。もちろん映画監督という職業柄、かなり個性的な方であることは承知しています。実際、そんな現場の映画監督の典型的なあり方を知らないと、ただのわがままな人ととらえられても仕方がないほどの言動が連発です。しかしその先には、こうやってあの名作を完成させたという事実があります。『トラ・トラ・トラ』の挫折や自殺未遂騒動の直後に、初めての海外資本の製作現場(しかもロシアの想像を絶する地形&気象条件だった)で、日本人スタッフはわずか5人、あとは200人近いロシア人と2年間奮闘した60歳代での黒澤監督。読み終えて、なぜか映画のエンディングでも使われたあの「鷲の歌」が頭の中で流れてきたような気持ちと共に、胸いっぱいになってしまったことを覚えています。

<いくつもの幸運と情熱の結晶、素晴らしかった70ミリプリント上映>
 そして。10月7日、京橋のフィルムセンターに足を運びました。ものすごく久しぶりだったと思います。どのぐらい人が来るのか読めなかったのですが、絶対に見逃せない!という思いがあったので、朝8時過ぎには並びました。映画のために並ぶなんて久しぶりでちょっとワクワクしました(笑)。上映前のフィルムセンター主任研究員をされているとちぎあきらさんがご挨拶をされます。そこでも述べられていましたが、今回の上映プリントは松江陽一プロデューサーから寄贈されたものだそうです。(これを聞いた時にいよいよコンディションが心配になりました。) 
 いよいよ上映開始。開巻早々に日本ヘラルド映画のロゴがうつります。そう、黒澤作品が好きな人に言うまでもありませんが、今はなきヘラルドに黒澤作品は『デルス』と『乱』の2度救われています。私自身名古屋在住ということもありましたし、映画ドハマりの頃の自分には、東宝東和よりもヘラルドが重なるので、そこでまずぐっと来ました。注目の70ミリプリントの状態ですが、これがびっくりするぐらいコンディションがよかったです。1975年ロードショー上映時の70ミリプリントとは思えない美しさでした。猛吹雪の冬、緑が目にしみる夏、あの太陽と月が並ぶ場面も見事な色調でした。色むらもこれはもともとのソ連製フィルムの限界だったと思われますし、退色というよりは当時の色味がきちんと出ています。もちろんフィルム傷などはそれなりにありますが、フィルムやパッケージソフトも含めて少なくとも私が今まで経験した『デルス・ウザーラ』の中ではもっともよい状態で楽しめたプリントであることは間違いありません。
 さらに驚いたのがその音。撮影時に70ミリカメラなどを使わなくなり、さまざまなレンズもフィルムも優秀になった80年代。画質上のメリットは以前と比較すると小さくなっていましたが、実は70ミリプリント上映時のもう1つのメリットが音でした。35ミリプリントの基本が光学トラックだったのに対し、70ミリプリントは磁気トラックが基本。立体音響も6トラックまで(フロント5ch、リア1ch)まで可能です。耐久性はおちるのですが、SN比は段違いに優秀で、セパレーションのよい音を当時としては楽しめたのです(まあ、スペック的にはラジカセなどと同じレベルですが)。今回の『デルス・ウザーラ』の音はまさにその音でした。光学トラックほどぼやけておらず、デジタルサウンドほどの鮮やかすぎて時に耳障りになることもなく、耐久性が落ちてノイズ出まくりなどということもなかったのです。
 twitter上でも状態の良さをたくさんの人が驚いていました。というか1975年当時の70ミリプリントがどうなっていそうかをイメージできる、プリントの「常識」を知っている人の方が驚きは大きかったと思います。松江さんはどうやって保管されていたのか不思議でなりませんでした。おそらく上映機会の少なさ、黒澤監督作品というネームバリューやオスカー受賞という「重み」(プリント全巻の重量自体も重いですが)、何より松江プロデューザーをはじめとする制作側、東宝ではなくヘラルドだったという興行側、そしてフィルムセンターのスタッフさんをはじめとするアーカイブの関係者が熱意を持ってバトンを手渡すという幸運が重なったのだろうとしか言い様がありません。

<ただただ感激したこと>
 さて。もうひとつだけ話をさせてください。当日11時の回で私の整理券番号はかなり前の方でした。ホール中央は関係者席でしたが、まあ自分もそのあたりでみたかったのでその前の列に座りました。しばらくして後ろの関係者席に女性が座られました。ところがその声に驚きました。映画ファンにも馴染み深いその声は、あの野上照代さんだったのです。黒澤好きにもかけがえのない存在ですが、デルス好きにとってはもっと重要な存在である野上さん。次々と他の関係者が挨拶のために近くにいらっしゃいます。他の客席の方も何名か気づかれていたと思います。もちろん私も振り返ってご挨拶したかったのですが、プライベートでいらっしゃっている可能性もあることを考えると、ぐっと我慢しました。とちぎさんのあいさつで、観客に野上さんが紹介されました。場内から大きな拍手。私もすぐ振り返って大きく拍手をしました(本当は立ち上がりたかった!)。上映が終わって退場する時、どうしても一言申し上げたい気持ちを抑えられず、野上さんに「同席できて本当に光栄でした。ありがとうございました。」とだけ声をかけさせていただきました。野上さんからは「ありがとうございました。」と返していただきました。

<結びにかえて>
 DCP全盛の今、フィルム自体を扱えるところも減少し、ましてや70ミリプリントを上映できる場所は本当に少ないのですが、フィルムアーカイブであるフィルムセンターが、今回その上映設備を備えたことはまさに英断です。そして開館以来初の70ミリプリント上映作品として、私の大好きな『デルス・ウザーラ』を選んでいただいたことも、そのプリントがとてもよいコンディションで保管されていたことも、あの野上照代さんと前後の座席に座って『デルス・ウザーラ』をみられたことも。何という幸運でしょうか。映画好きとして幸せな時間だったとしか言葉が見つかりません。関係のあるすべての皆様に心から感謝の気持ちをお伝えしたいです。ありがとうございました。

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2017年1月 4日 (水)

BD: Dead Ringers: Collector's Edition

Bddeadring 邦題『戦慄の絆』

 クローネンバーグのサイコスリラーの傑作。パッケージで購入するのはすでに3度目(しかも全部米国盤)なのだが、一度再生するとなかなか止められないスルメタイプの作品で、それだけの価値はある名作。今回もまたShout!Factoryはこだわっていて、まずその収録フレーミング。1998年にリリースされたクライテリオン盤のジャケットによると、撮影時にはフルフレーム(1:1.33)で収録してあって、それを劇場上映時にヨーロピアンビスタ(1:1.66)でフレーミングするようにマスクをかけたのだそうだ。その後ワーナーが2005年にリリースしたときはアメリカンビスタ1:1.85収録ではあったが、発色が抜群によくて、はたしてどちらが意図してあるものなのかと首をひねるほどの違いがあった。今回は1:1.66に加えて、1:1.78というまた不思議な画角の2種類を収録してリリース。特典はやっぱりテンコ盛り。

まずは1:1.66フレーム。今回新たな2Kスキャンマスター。
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続いて1:1.78フレーム。そもそも画調が全然違う。

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そしてWOWOWでオンエアされた時のもの(1:1.85フレーム)。画調が健康すぎ?
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2017年1月 3日 (火)

BD: To Live And Die In L.A.: Collector's Edition

Bdtolivedie 邦題『L.A.大捜査線/狼たちの街』

 W・フリードキン監督の1985年作品。そのドライで乱暴な展開が信者を生んでいて北野武も好きな作品としてあげている。何かわかるかも。日本でもBDはリリースされているが、特典が充実していたのでこっちをポチッと。ビックリしたのは別エンディングがあって、なんとそっちは2人の捜査官が両方ともぬくぬくと生き延びて、アラスカのアンカレッジにとばされたという終わり方だったこと。こんな終わり方が許されるわけがない(笑)。ただこんなこともしなきゃならないほど、フリードキンは当時(今もか?)製作者側の信用を失っていたとも言えるかと思う。スコアを担当したワンチャンの姿に時の流れを感じた。

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2017年1月 2日 (月)

BD: The Exorcist III: Collector's Edition

Bdexorcist3_3 邦題『エクソシスト3』

 そもそもパッケージソフト自体を全然購入していないので、米国盤も年に数枚程度なのだが、ほとんどがこのShout!factoryのもの。『遊星からの物体X』の時も書いたが、今後も興味深い作品が並んでいる。今回も4枚いっちゃいました(汗)。
 さて本作は1作目と同じぐらい私は大好きで、劇場でみた時も1作目とは別な雰囲気で怖かった。黒沢清も大好きな作品と言えば、そのテイストがわかろうかというもの。今回の目玉は何といってもディレクターズカットを収録していること。
 結論からいうと面白くなかった。そもそもタイトルに偽りありで、エクソシスト(悪魔払い)の場面がない!(ちなみに本作最初のタイトルは"William Peter Blatty's LEGION"。エクソシスト3ではなかった。) それどころかぬわんと、あの1にも出てきている○○○□□(□は漢字、○はカタカナ!)が一切登場しないバージョンなのだ! 確かに何でこいつが出てくるのだ?と劇場公開時に思ってはいたが・・・、そのかわりにブラッド・ダリフが大活躍(笑 これで本作をすでに知っている人は察しがつくでしょう?)。話によると公開前の段階で「これじゃ客は呼べぬ」と映画会社に判断されて追加撮影&再編集をしたらしい。確かに完全にサイコスリラー寄りでかなり地味な展開となる。私のようにブラッド・ダリフが落涙すると「いよっ!」と声をかけたくなるような男でえすら退屈だったのだから、万人には勧められない。ついでに言えば、フィルム素材で見つけることができず、仕方なく編集用のデイリーで使っていたVHSテープから起こした素材を利用しているとか。まあ事情はわかるとはいえ、素材がSDビデオ素材からと言うのはやはり興ざめで納得がいかない!
 本作大好きな人と珍品好きな人はぜひ。

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2017年1月 1日 (日)

謹賀新年2017

なかなか人生、思うようにはいきませんが、ささやかなことに幸せをみつけたいなあと思います。そう考えていることが、すでにオッサンの証拠ですね(汗)。とりあえず最近感性の衰えを実感しているので、よいものにどんどん触れていきたいと思います。そのためにはまずみる本数をふやさないと!

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2016年7月29日 (金)

『シン・ゴジラ』

Singodzi ☆☆☆1/2 間違いなく2016年の今にふさわしい見事なゴジラ映画。
 今夏、というか今年一番の期待作であり、一番不安だった今作は、凄まじかったの一言でした。間違いなくここ数年の邦画の中でも最高の1本です。このあと完全にネタバレです。できるだけ事前に情報を入れない方がよいので、未見の方は読まないでください。

 評価は分かれるかもしれません。とにかく庵野さんが全てをさらけ出したような内容でよくもわるくもどこを切っても庵野総監督印で庵野秀明リミックスみたいな映画ですから。岡本喜八ちっくなスーパーの連打、異常にディテールが細かい対ゴジラの自衛隊の攻撃、役者陣の面構えだけ並べた手法、エヴァみたいなクライマックス、そしてきちんと街が描きこまれ、そこで怪獣を大暴れさせたこと(川崎市民としては多摩川防衛線の攻防は怖かった)。今までの庵野さんが好きだったもの、描きたかったものを大発散。そうすることを徹底してこだわった結果、ゴジラ映画の殻はきっちりと壊した。今までもゴジラシリーズはファンから多くの期待をされました。その中に「そろそろ大人の鑑賞に堪えるもの」があったと思います。そういう意味で北村監督や金子監督ですら打ち破れなかったものを庵野総監督はやりとげたのですから。ここはちゃんと評価すべきです。
 それでいてちゃんとゴジラ、というか特撮映画でした。あの形態の変化はいいアイディアだったし、得体の知れない生き物というイメージはよく出ていた。放射能の問題からも逃げなかったし、ではどうやったら倒せるかも非現実的にしなかった。あの電車を使ったアイディアは大好きです。
 そして何より邦画のダメ要素になりがちな部分を抑えて、かなり限定された状況での人間ドラマにしたのが成功した要因だと思います。具体的に言えば庶民視線をすぱっと切ったのがよかった。お手本は喜八監督の『日本のいちばん長い日』だったのでしょうか。これに庶民視線や恋愛が絡んでたらリメイク版の『日本沈没』(樋口さん!)になるのです。また演技陣に芝居どころを設けなかったのは英断ですね。誰にも見栄を切らせなかった(例外は石原さとみのみで唯一の目立つ欠点)。またその中で物語の核になったのが組織論。朝日新聞で柳下さんが皮肉っていたけれど(あの批評はひどいと思いました。あれは批評じゃないです。)、あの状況はポスト3.11の日本だからこそ説得力があって、プロが自分の責任を果たす中で、ではリーダーが果たすべき役割が幾つも提示されていたのは興味深かったです。
 間違いなく2016年の今にふさわしい見事なゴジラ映画。やりたいことをきちんとやって、それで魅せる内容にしたのは凄い。私は断然支持したいです。
 最後に余談ですが音響のこと。この作品が3.1ch(つまりサラウンドchがなしということですね)で処理されていることが話題になっていますが、私は肯定派です。やっぱり映画音響は前方定位が基本だし、あれだけ台詞が多い作品で不必要に後方chに回していたら違和感が強かったかもしれません。映画音響は音源の定位(基本はスクリーン上)、複数の要素(台詞・劇判や効果音)、自然な音場の三要素のバランスが大事で、非日常的な爆音ばかり評価してはいけません。またあれだけ劇伴や効果音でモノラル音源を露骨に入れるのも庵野監督らしいと思いました。
(TジョイPRINCE品川 シアター11にて)

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