2019年12月 4日 (水)

U2(さいたまスーパーアリーナ)

 

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 U2は初来日公演以外は幸運なことに全てみています。1989年のは映画『U2/魂の叫び』に負けた感じ、1993年のは完璧なテクノショーケース、1998年は究極のロックショウ、2006年は原点回帰のロックライブ、とずっと楽しんできました。
 さあ、13年ぶりの来日公演。なのですが実はあまりテンションは上がっていませんでした。まずチケットが高かった(汗)。そして「ヨシュア・トゥリー」の再現というコンセプトにピンと来なかったのです。ほとんど事前情報がないまま迎えたライブは、おそらく我が生涯でみた数々のライブの中でも三本の指に入るであろう、これがU2!としか形容しようがない唯一無二のU2ライブでした。

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THE JOSHUA TREE TOUR 2019.12.04@さいたまスーパーアリーナ

Sunday Bloody Sunday
I Will Follow
New Year’s Day
Bad
Pride (In the Name of Love)

Where the Streets Have No Name
I Still Haven’t Found What I’m Looking For
With or Without You
Bullet the Blue Sky
Running to Stand Still
Red Hill Mining Town
In God’s Country
Trip Through Your Wires
One Tree Hill
Exit
Mothers of the Disappeared

Angel of Harlem

Encore:
Elevation
Vertigo
Even Better Than the Real Thing
Every Breaking Wave
Beautiful Day
Ultra Violet (Light My Way)
Love is Bigger Than Anything in its Way
One

 コンサートは大きく3つに分かれていて、初めは初期から5曲、真ん中にアルバム「ヨシュア・トゥリー」を全曲、そしてクライマックスにそれ以降の曲と、結果的にバンドの歴史を俯瞰する形になっていました。しかし長年活躍しているアーティストがやるようなグレイテストヒッツみたいなセットリストにはしなかったのがU2たる所以でしょう。中心に「ヨシュア・トゥリー」を持ってきたことにはいくつかの意味があったと思うのです。

 1つは「ヨシュア・トゥリー」という「アルバム」という形で発表された表現が現在でも通用するほどの力を持つことを証明したこと。ジャケット写真(そうそう、アントン・コービンも会場にいるよってボノがMCで言ってましたね)まで含めての1つの作品だったと言える「ヨシュア・トゥリー」は全く色褪せることなく、そのメッセージも力強く伝わってきました。
 2つめは結果的に1987年に北米ツアーが行われた公演を追体験できたこと。映画『U2/魂の叫び』で収録されている公演をみて日本のファンは「はやく来日公演を!」と思っていました。その後、1989年の"Love Comes To Town Tour with B.B. king"で私たちはそのステージを楽しむのですが、あの映画で味わった興奮はやや減退していた気がします。それがほぼ30年後に目の前で演奏されたのですから。彼らは活動初期の頃を自虐的に俺たちは音の大きなフォークバンドだったと語ることがありましたが、今回は間違いなくロックンロールバンドでした。
 3つめはパフォーマーとしての彼らのスゴさ。正直前回のツアーでは、みんな「年とったなあ」と思ったのですが、今回はそんな場面は微塵もなかった。何しろ2時間20分、ほぼノンストップでの演奏。それどころか、「ヨシュア・トゥリー」の全曲はアレンジもほとんど変えず、でもオリジナルのアルバムや今までのツアーでの演奏よりも素晴らしいと感じたものが多かったです。特に私の大好きな"One Tree Hill"と"Exit"はライブでは初体験だったのですが、とても60過ぎの4人組がやっているとは思えないトンガリ方! ここまでの年月で彼らはバンドとしてスゴイレベルに進化したこと、それでもバンドの本質を変えない愚直さを忘れなかったことを、しっかりと私たちの前で証明してみせたのです。

 アンコール部分にあたる近年のヒット曲のところではショー的要素も満載しながら、彼ららしいメッセージ性も出ていました。何より今回はこの日本の政治が滅茶苦茶になっているせいもあって、いつもよりも素直に自分の心に届いた気がします。女性権利の向上や地位向上に貢献した方々の写真をみていて、相変わらずやっていることブレないスゴサをあらためて感じました。

 最高にカッコイイライブでした。チケット高いなんて言ってゴメンナサイ(汗)。それ以上の物を受け取りました。あなたたちの音楽が自分の人生の中にあってよかったです。あなたたちの音楽に合う生き方をこれからも目指していきたいなと思いながら、今日のセットリストで作ったプレイリストを聴いて家路につきました。

 U2、本当にありがとう。


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2019年11月 2日 (土)

「ゆきのふぁん」はじめました

 さすがに有希乃さんのネタが増えすぎて、いろいろと差し障りが出てきそうなので(汗)、有希乃さんネタは別のサイトにまとめることにしました。ちなみに落語ネタも別にしています。あまり自分の近しい人間にはどちらもエヘヘ・・・という感じなので、どっちもここにリンクはあえてはりません。それなりのワードで検索してみてください(大汗)。こうしてここは無味無臭になるはずなのですが、そうはならないのが世の中の不思議なところですね(笑)

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2019年10月31日 (木)

FMサルース「FUJITA MISA RADIO SHOW みさラジ♪」(有希乃さん出演)

 10月30日に21歳の誕生日を迎えられた有希乃さん。その有希乃さんが31日にFMサルースの公開スタジオでの番組に出演されることになりました。

あっ、もう状況書くのがまわりくどいし、結論が同じパターンなので・・・

行っちゃいました(汗)。

 正直ラジオなので行く必要があるかなーと思いましたし、場所を知っていた(のんびりと公開スタジオを眺める雰囲気のところではないかなー、と(汗))のでどうしようかと迷ったのですが(汗)。ただ今回は行ってよかったです。

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とにかくキュート! スタジオでの有希乃さんをご覧になった方どこかのアイドル?と思われても何の違和感もないでしょう、というぐらい。表情がくるくると変わります。感受性が本当に豊かな方なのでしょう。こんなに小柄でしたっけ?と再認識(ごめんなさい!)。歌ってる時と全然雰囲気が違います。こういう等身大な感じの有希乃さんもいいです。
○お話の内容自体がすごく楽しかった。(これはパーソナリティの方の力が大きいですね。スバラシイ!) アルバムのこと、曲作りのこと、影響を受けたミュージシャンのこと、ちょっとしたプライベートのことなど、短い時間で盛りだくさんでした。

 収録後、有希乃さんと、有希乃さんファンの方にはおなじみ、プロデューサーの尾飛さんにご挨拶することができました。ありがとうございました。

<ちょっと思ったこと>
で、またまたちょっとだけ生意気なことを書きます。

それは今日のラジオのように有希乃さんの魅力全開!な感じが、有希乃さんのツイキャスにもっとあるといいなあ、という点です。

 実は私、有希乃さんのツイキャスは別として。ツイキャスなどのいわゆる動画配信(特にライブ放送)というものがあまり楽しいと思うものが少ないと感じています。これには2つ理由があって、ひとつはそもそも視聴者を楽しませるレベルを生放送で進行させるのは物理的に難しいというのが放送の分野では常識で、いかにプロがやろうともグダグダになっちゃうことが少なからずあること(それが魅力でもあるのかとは思いますが)。そしてもう1つが配信番組が基本的に番組進行を当事者がそのままやるケースが多いので、番組進行上の「客観性」に欠けて視聴者が求めているものが足りないままになっていること、です。有希乃さんはツイキャスで歌もトークも進行もとなるので大変だなあと思いますし、今のままでも充分楽しいです。ただ今日のラジオの有希乃さんのトークはそれ以上に魅力的だったと感じた部分が大きかった、ということなのです。

 有希乃さんのツイキャス自体のコンセプトが演奏をライブ放送で、という部分かと思いますので、そういう意味でMC的なトークになるのは自然なことだと思います。ただ。ご自身をさらけ出す難しさをお話されていましたが、おそらく有希乃さんはすごくシャイな方なのだと思います。有希乃さんのツイキャスをご覧になった方はわかっていただけると思うのですが、トークの部分はすごく言葉も選ばれているし、ましてや何かを自慢げに強く自己主張される様子は感じられません。しかし、ご自身が配信番組を進行する立場でもある以上、それがすごく受動的に感じられてしまう部分はあるかもしれません。例えばなのですが、「とゅもろ」発売記念のツイキャスがありました。あの時は今日のラジオ出演でされたようなお話をされていたらよかったと思いました。そういう意味で、進行の方がいると「とゅもろ」のイントロを聴いて欲しいとか、「つかれちゃって」の部分は詩とメロディが一緒に下りてきたとか、東横線が実話だとか、そのあたりをご自身で話しやすかったのかもしれません。また何より今日の番組で受け答えされている時のような表情がたくさん出てくると(音声だけで楽しまれた方、申し訳ないです)有希乃さんの魅力がまた伝わっていいよなあと思います。

 ああ、なんかまた生意気なことを書いてしまった! スミマセン! 老害にならないようにしなくては・・・。本当は「Tear」という歌がどれほど魅力的で感動的だったかを語るつもりだったのですが、それはまた次回!

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2019年9月24日 (火)

SHIBUYA ! PARTY! PARTY! vol.41 ※有希乃さん出演(SHIBUYA TAKE OFF 7)

 毎年この時期は大変忙しいです。期末という繁忙期。また夏シーズンが終わると、映画もグッと渋い作品が増え、楽しみです。ここに特集上映が加わり、真打ち披露興行だの、娘たちの学校行事だのが加わってきますから、突発的な予定変更は身動きとれません(楽しいんですけどね)。さらに家族で2人も誕生日(実は私も今月で50代に突入)。いやあ、忙しいなあ・・・。
 そこに降って湧いた有希乃さんのライブの予定。しかも今回はライブハウスが会場だ。ライブハウスでみたかったからこれは嬉しい。でも先週行ったばかりだしなあ。えっ!24日! いやでも平日だぞ・・・予定が激詰まりだけど・・・これはさすがに無理だろう・・・いやあ、無理だなあ。

行っちゃいました、渋谷に。
(いい加減、このパターンばかり連発すぎてスミマセン)

 だってこの日、私の誕生日で(汗)、しかも家族からのお祝い(ありがとう、毎年(泣))がみんなの予定を合わせるために前日になった! これは「行け」という天の啓示か!(ホントか??)


時間ギリギリセーフで到着しました。ライブ自体に行く回数が激減している私にとって、ライブハウスなんて多分20年ぶりぐらいではなかろうか。いや、地下に下りていくのがライブハウスの王道だよね、なんてくだらないことを思いながら、中へ。

ちなみに本日のセットリスト
1:とゅもろ
2:飛行機
3:1日おきのアイ
4:がんばれなくなっちゃった

とりあえず感想を・・・。
・まずは元気そうで何よりでした(後述)
・うん、ライブハウスでの有希乃さんの歌声、いい! 持ち時間が短かった中で、すごくエネルギッシュな歌声でした。ライブハウスが似合うミュージシャンって一番カッコイイですよね。
・「とゅもろ」から入る曲順もいいですね。一気にギアがあがった感じで。
・「飛行機」今日の一番! またまた私の中でポイントアップです。ライブ映えしますねぇ!
・「1日おきのアイ」実はまだ知らなかった曲でした。いい曲でした。「とゅもろ」のアルバムがわりとポップな曲調のものが多いので、今日は逆に印象に残りました。アコギ1本の曲をじっくり聴きたいなあ。
・「がんばれなくなっちゃった」この曲で締めるのもいいですね。オジサンはこの後、仕事をがんばらなくちゃいけなかったのですが(汗)、ハハハ。歌で明るく終われるのはよいですな。

ここからは余談。
・今日はいろんなアーティストの方が出られるので、興味が持てたら、と思ったのですが2組目の方でギブアップ。私の音楽の好みは完全に雑食系で洋楽がメインとはいえ、何でも聴いてきた人だけれど、新しく興味を持てる幅がやっぱり狭くなってるんだろうなあ・・・。
・なので2組目の方の時にはライブハウス内をじっくり観察(ごめんなさい)。今のPA機器類って本当にコンパクトで高能率。コンソールも使いやすいんだろうなあ。まあオジサンはそもそもワイヤレスを信じない世代なので、ここですでに世代間の断絶はあるけれど(汗)。

 というわけで帰り際にごあいさつ。昭島の後に発熱されたとのことで心配しましたが、そりゃ全国デビューですもん、発熱もしますよね(汗)。在庫僅少な「1日おきのアイ」のCDを購入できました。パチパチ。自分へのご褒美です。(ただ「実は今日、自分の誕生日なんです」というのは、さすがに恥ずかしくて伝えられなかったです(汗))

 今日は、かなり無理した予定だったのですが、無理して来てよかったです。ライブハウスの有希乃さん、本当にいいです。当たり前だけれど、やっぱりこういう所の方が似合っています(昭島モリタウンの有希乃さんもスゴイなあとは思ったけれど、やっぱりあそこは音楽を聴く場所としては、かなりハードルは高いかなとも思いますから)。それと自分は有希乃さんの曲も好きなんだけれど、有希乃さんの歌声が好きなんだなあ、とあらためて実感しました。それは何というかPAのスピーカーからポンと出て、小屋全体を包むような音っていうか、こればかりは少しでも裏方かじった人じゃないとわからない至福なんです。音楽を聴いている時の、忘我の境地ってところでしょうか。自分で調整する立場なのに立場を忘れて聞き入っちゃう時ってあるんです。そういう歌声なんだなあって思います。贅沢な時間でした。

 ライブ、どんどんやってください。やってほしいです。ライブハウスで定期的に聴きたいです。自作の曲、カバーの曲、どっちでもいいですが、リリース後の喧噪が少し落ち着いたら、もう少しじっくりと長めの時間で聴きたいです。

 さあ、次は高円寺ですが、今のところ行けません・・・って言ってて、また直前でどんでん返しだと嬉しいのですが(汗) でもまた次の機会を楽しみにしています。

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2019年9月18日 (水)

有希乃イベント(昭島モリタウン 東館1F光の広場)

 先日、ハリコンでマッツ・ミケルセン氏と念願の対面を果たしたその日、実は同時間帯にお台場でとても気になるイベントが開催されていました。前回紹介した有希乃さんのインストアイベント。


行きたかったなあ・・・というのが前回。その後、有希乃さんのイベントが数カ所であるということが告知されていました。

行っちゃいました、昭島に。
(最近、この展開が多すぎて反省)

 だってお台場行けなかった(正確に言えば会場には行ったけど、始まる前に移動しなくてはならず聴けなかった)のが、やはり相当悔しくて・・・。
 昭島なんてMOVIXの開館直後に一度行ったきりだなあ、と思いながら会場となるモリタウンというショッピングモールへ。うん、お台場のタワレコとは違う何というかアウェー感というか・・・。ステージが設営されているとはいえ、イスで待っているのは開演前まではちょっとだけ恥ずかしかったです(汗)。
 あっ、有希乃さんだ! 天文館の時とは違ってすごく大きく見えました。全国デビューオーラ?! 衣装のせい? いやヒールのせい??(笑)と思っていると、サウンドチェックをされて、いよいよスタート。

ちなみに今日のセットリストお台場と同じ。アルバム6曲中5曲の大判振る舞い!
1:がんばれなくなっちゃった
2:飛行機
3:スーサイダー
4:きっと君なら
5:とゅもろ

とりあえず感想を・・・。
・スゴイ! 会場のアウェー感に臆さない有希乃さん、さすが。始まって会場の空気が変わってました。会場を味方につけるというのはとても難しいことを自分も落語をやる立場で、痛感しているだけに、すごいと思います。
・うん! やっぱり有希乃さんの歌、本当にいいですねぇ。CDもよいけど、生歌だとまた格別です。
・「飛行機」、CDと印象が変わりました。ライブ映えする曲ですね。アルバム自体、バンドサウンドのアレンジの曲が多めなので、生演奏だとまた違うのでしょうね。24日の渋谷(この日は行けない!)どんな感じになるのでしょう。 
・「きっと君なら」 ちょっとうるっと来てしまいました。自分は天文館ではじめて聴いて。大好きな曲になって。それが全国発売されたCDに収録されて。目の前で有希乃さんが歌ってて。そんなこの曲をまた、きっとここで聴いている誰かが受け止めて好きになって・・・、そんなこと考えてたら年甲斐もなくジーンとしてしまいました。
・「とゅもろ」すんごくカッコよかった!! いやー、これはライブで聴きたいでしょ! 有希乃さんの生ギター前面オシで聴きたい! 何よりバンド生演奏で聴きたい!(ベースラインがさりげなくカッチョイイ)
・私が大好きな「おやすみなさい」がないのは仕方がないですね。いつかアコギ1本で聞きたい曲です。
・「かわいいわね」「有名なの?」と会場にいた年配の女性の方たちの会話。ふむふむ。だからこそ有希乃さんのMC「ここで聴いたことが自慢できるように成長したい」がカッコよかったです。
・演奏後、ご挨拶させていただきました。お話しできて嬉しかったです。CD(3枚目!)サインいただいちゃいました。カンバッジもやっとゲットしたぞー。
・しまった。全然写真を撮ってなかった・・・。ちょっと悔しい(汗)。

キザな書き方をするならば、音楽は出会いです。

 私の心と体を構成している「モノ」の一部分は、たくさんの人がつくりあげた芸術からできていると思います。映画、音楽、小説、そして落語が多いと思いますが、なぜそれが好きなの?と言われても、そしてどうして好きになったの?と言われても、説明は難しいです。
 自分もあの日、鹿児島にいなければ。天文館で再度白くまを食べようとしなければ。帰り道に別のルートを歩いていたら。有希乃さんと「きっと君なら」には会えませんでした。そして今は、有希乃さんの歌をまた聴きたいなあと思っていますし、「きっと君なら」だけでなく、有希乃さんの歌声や曲の素晴らしさが、少しでもたくさんの方に届くといいなあ、と心から願っています。だから今日、偶然にも昭島にいて、有希乃さんを聴いた方の中で、きっと私と同じようになる人がいるんだなあと思うと、それってスゴイことだよなと1人うんうんと頷いちゃってました。
 それから有希乃さんと私の長女はほぼ同世代です。大学生として自分の進路に向けての活動だったり、部活(ラクロス部)だったり、もちろん大学生としての日常だったり、娘もまた自分の夢に向かって日々を過ごしています。有希乃さんの歌っている姿をみていて、「かわいい!」というより「がんばれ!」と応援したくなるのは、ルックスもキュートだけれど、そういう部分もあるのかもしれません。

 夢に向かって歩いている有希乃さん、これからも応援してます。

さっ、次は高円寺か??(笑) いや、こんなこと言ってて24日に渋谷出没??(汗)

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2019年9月15日 (日)

ハリコン21 マッツ・ミケルセンに会えた!

 有希乃さんのインストアライブを断念させた先約はハリコン21でした。あのマッツ・ミケルセン氏の来日イベントだったのです。映画俳優さんは映画で充分、と思っていますが、別格のご贔屓さんだとミーハーモードを発令させる私です(汗)。
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 私がマッツ・ミケルセンを映画でみたのは、『007/カジノ・ロワイヤル』のル・シッフル役でした。その時も、血の涙を流す男ということで、悪役男泣きのブラッド・ダーリフ級の個性爆発ぶりでしたが、強烈な印象を受けたのがスザンネ・ビアの『アフター・ウェディング』でした。ここでの彼の役どころは、突然元彼女との間に娘がいたことを知らされる純粋な男。素晴らしい演技とその笑顔にやられてしまいました。さらに私のマッツ好きを決定的にしたのはやはりTVシリーズ『ハンニバル』。殺人鬼レクター博士を実にクールに、そして知的に演じておりました。その後は主役も脇役でも大活躍で、ハリウッド作品にも何本も登場し、今では日本での知名度もアップしています。2015年に『悪党に粛正を』で初来日した時は、関係者の想定を上回るファンの熱狂ぶりで大騒ぎになりました。その後も何度か来日しているのですが、運悪く機会が合わず。今回は情報をつかんで、即準備でした!

 短い時間だけでしたが、それでもオーラが違います。マッツさん、気さくでした。スケジュール的には最終に近くて、相当お疲れだったと思うのですが、写真はポーズに応じていただきました。
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 サインは『アフターウェディング』のパンフレットに。「この作品がきっかけで・・・」と話したら「『アフター・ウェディング』だね。ありがとう」と答えてくれました。
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 ハリコンのイベント自体はこんなものでしょう。マッツさんなくして成立しない感じです。ただこの感じが多分ハリコンの良さでもあって、これ以上混んじゃうと・・・という気もしました。券で散財したのは事実ですが悔いは無し!(グッズは購入せず、『永遠の門』のムビチケだけ購入) マッツの兄貴、まだまだついていきます!

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2019年9月14日 (土)

有希乃さんとの出会いと、1st album「とゅもろ」のこと

 鹿児島遠征ではいろんな思い出があります。白くま、知覧、中津、宮崎地鶏、そして台風と新幹線!(笑) そんな中のひとつに、あるシンガーソングライターの方との出会いがありました。

名前を有希乃さんといいます。
「とゅもろ」の画像検索結果

 2泊3日の2日目、台風上陸で予定が大幅に狂って疲れてしまった8月6日の夜。こりゃ白くまアゲインだなあとホテルから「天文館むじゃき」に向かって夜、散歩してたら、なんと浴衣の女性がギター抱えて地べたに座り込んでいました。まあ、それだけでインパクト充分(いろんな意味でですが)。まだ始まりそうになかったし、どこかの高校生の子(すごく小柄だった)かなあとか思いながらそこを離れ、まず白くまで癒やされ(汗)、その帰り道。同じ道を帰っていると先ほどの子が歌っていました。

 ところが予想に反して(エラそうでごめんなさい)歌声が抜群にいいのです。のびのび歌っているけれどアマチュアのストリートミュージシャンにありがちな、我流な感じじゃない。ひょっとしてプロ?と思いながらフライヤーを手に取ると。説明を読んでもよくわからなかったのですが、少なくともアマチュアではないことはわかりました。そうこうしているうちに次の曲になったのですが。これが・・・すっごくよかったのです。口笛から入り始めたその曲(あとで「きっと君なら」だとわかったのですが)、これがあの時間のあの場所の自分に、すごくはまった曲でした。ホテルに帰って早速検索。ライブ映像の中にありました。次の日も列車移動だったので、さっそく旅のお供でリピート。メロディがいいし、歌詞はまだ粗削りで青いところが残ってるけれど、歌い方が素直だから、イヤミにならない。とても気に入りました。ただあまり他の曲は印象に残る物は正直全部というわけではなかったです(カバー曲も合う合わないの落差が大きくて)。

私自身の話ですが、音楽とはずいぶん距離ができてしまいました。新しいアーティストを知る機会は減少し、CD購入もダウンロードも全然しなくなりました。ましてや心動くことなんてほとんどなくなりました。馴染みのある曲しか聞かなくなってしまっていて、昔はもっともっと貪欲に音楽に触れていたのに。そういうのってオヤジじゃんって若い時は軽蔑の対象だったのに。でも変わったのは自分だけじゃないと思っています。音楽の世界も多分大きく変わってしまっている。自分が若い頃にあったバンドブームは、その終わり方はかなり残酷だったと思っているし、そもそも息長く活動しているアーティスト自体ばかりではない。自分の周囲で音楽で勝負と夢見ていた人間は誰も物にはならなかったし、この人たち凄いかも、と思った人もそうでない人も、自分が好きだったミュージシャンが全然売れなかったということもしばしば。それに自分が好きなタイプの曲が主流にならないことだって多い。ましてや好きだったアーティストが変節してしまうことも多い。誰かの劣化複製、誰かの後追い、ただの商品。音楽にはたくさん人生を豊かにしてもらったけれど、同じように傷つけられた気もしています。だから余計に若いアーティストを応援する気にあまりなれないのかもしれません。

だから。ちょっと言い訳めくのですが、CDの発売前予約とかを今回はしませんでした(今となっては後悔しています(泣))。そこまでの「興味」なのか確信が持てなかったし、旅の思い出のままで、よい気がしたのです。あの日は旅先だったからかもしれません。心が解放されていて、いつもよりも少し敏感に反応できただけ。ルックスもちょっといい感じのストリートライブの女の子をみた、そして気に入った曲が1つ増えた。それでいいやと思ったのです。

 気が変わったのは収録曲のアルバムタイトルナンバー「とゅもろ」を聴いてからでした。
 
 あら? すっごくいいじゃん! YUIの「again」とかを彷彿とさせるところはあるけれど、あそこまで背伸び感はなくて、アレンジもうまくて、一言で言うなら聴いていて心地いいし、口ずさみたくなる。詩もニヤッとさせられたり。
”掬ったものは全部飲み込んだ けれども吸収できるかは別の話だ"
ちょっとオモシロいですよね。東横線で寝ちゃったお隣さんに寄りかかられるのは私も実体験であります(汗)。

 アルバムやっぱり買おう!と思い直して入手しました。とてもいいアルバムでした。オープニングにふさわしい「とゅもろ」、アレンジ違いの「きっと君なら」(やっぱり名曲!)もよかったのですが、個人的に秀逸に感じたのは最後の「おやすみなさい」でした。ここまでわりと伸び伸びさんなボーカルの歌で来たので、この歌い方は不意打ちを食らってやられてしまいました。自己紹介代わりには充分な魅力のあるアルバムです。有希乃さんにとって、今回の「とゅもろ」は大きな挑戦なのでしょう。ツイキャスで「何かアルバム全体でテーマとかはないけれど(中略)作ってからしばらくしての、自分のチェックをクリアした曲」という説明をされていましたが、「きっと君なら」だけでもプロという世界で自分の「歌いたい」と客の「聴きたい」の狭間できっと奮闘されているんだろうなあと思ってしまいました(天文館のアコギバージョンの方が私は好きです(汗))。きっとここの楽曲たちがライブで披露されて、磨かれて、そこからまた新しい楽曲ができて、動画とかのネット配信で、たくさんの人に触れられて。若いアーティストの挑戦っていいですね。「音楽って楽しいんだよ」「私の曲、聴いてくれる?」みたいな初期衝動があって。そういう気持ちで音楽に接することができたのは、久しぶりだった気がしますし、同世代への応援というよりは、後に続く世代を見守りたい応援したいという感覚だと思います。有希乃さんのこれからの挑戦を応援したくなるアルバムでした。

 映画ほど目が肥えているとは言えませんので(そっちも大したことはないですが)、信頼度低めでピント外れじゃないの?と思われるかもしれませんが、ぜひ一聴してみてください。少しでもアンテナに引っかかったら、生歌にふれてみてください。(今月から来月にかけて機会がありそうです)

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2019年8月28日 (水)

『蟹の惑星』

 ☆☆☆ 蟹がスゴイ。干潟は浅いが深く、人生も深い。
0005 もうこの題名でつかみはOKですよね。だって『蟹の惑星』ですよ! 淀川さんだったら「さあ、かにのわくせい、かに、かに、このかに、なんでしょうねぇ・・・」なんて名調子が続くかも知れません(笑)。題名とチラシをみて、みたい!となっていた1本は、視覚的なおもしろさに充ちた秀逸な作品となっていました。でもそれだけではなく、『東京干潟』と共にみることで人間への深い洞察力を備えた豊かな作品でもありました。

 すごかったのはやはり蟹の映像です。単純にすごかった! 花、虫、動物、それぞれに面白さはあると思うのですが、蟹が被写体としてとにかく魅力的。美しさ、かわいらしさ、グロテスクさが渾然一体となって、まるで『スターシップ・トゥルーパーズ』のバグたちみたいで、動く動く。そしてそれをきちっと魅力的にとらえています。小さな物を大きく写すだけでも映像はぐっとオモシロくなりますが、とにかく今までみたことがないものばかりでした。よくぞ、これだけ映像に収められましたね!と驚くばかりです。予算規模的に必要最低限のセットアップの中で、レンズなどの機材のセレクトや、撮影方法など技術的な裏話は尽きることがないのでは、と思うほどすごかったです、間違いなく労作です。

 さて。本作で意見が分かれるかも、と思ったのは蟹の観察をしている吉田さんの存在です。この映画に関しては吉田さんの比重のかけ方が難しかったと思います。吉田さんの解説が加わることでわかりやすく、観客の知的好奇心を刺激するという点も事実ですから、入るのはおかしくない。でも蟹の映像の方が圧倒的に魅力的なので、観客の立場からすると、吉田さんより蟹がみたい(汗)。ご自宅の様子とお孫さんのエピソードは不要と感じる人はいると思います。ただ、もし『蟹の惑星』が吉田さんをただの解説者にしてしまったら、これは干潟の映画ではなく、蟹の記録映画になります(それはそれで魅力的な気はしますが(汗))。ではなぜそうしなかったのでしょうか。

 やはり本作は『東京干潟』と一緒にとらえなくてはいけないのではないか、と思いました。というのも『東京干潟』をみた後で、私の中の疑問として浮かんでいたある点が、『蟹の惑星』をみてあっさりと氷解したのです。『蟹の惑星』が驚くほど『東京干潟』と表裏一体となっていたことで、監督の狙いがくっきりと浮かび上がってきました。端的にいってしまえば、しじみが蟹であり、吉田さんがしじみのおじいさんなわけですが、ただ比重の掛け方が違う。『東京干潟』の主役はおじいさん、『蟹の惑星』は蟹。じつはこの比重の違いもカギになっています。

 芸術表現の中には、いくつかを組み合わせてとらえることで、意味が変わってくるものがよくあります。映画の場合にも、もともと関連があったり、結果的に関連することになったり。有名なところではイーストウッドの硫黄島2部作がありますが、あれは同じ時刻の同じ場所を視点を変えて描くというアプローチで硫黄島での激戦を描き、それでいて実は描こうとしている戦争の虚しさは共通していて、それが1本で描くよりも、よりくっきりと浮かび上がっていました。村上監督はさまざまな生き物が共存する干潟という不思議な不思議な場所をとらえるにあたって、何よりその多面性をとらえたかったに違いない。監督は『東京干潟』と『蟹の惑星』がもともとは1つの作品で構想していたと語っていらっしゃったのですが、でもその多面性をとらえるには1本の作品ではない形の方がよいと考えたのだと思います。(最初はオムニバスっぽいものをというのも頷けました)。

 疑問だったのは、自然を題材にしたドキュメントにありがちな、干潟保護という観点での自然保護を声高に訴えるようなメッセージ性が『東京干潟』には希薄だったことです。というのも明らかに干潟を危機にさらしているのは人間ですから(汗)、そちらに怒りの矛先が向いても仕方がない題材です。でも村上監督の狙いはそこではないのかな、までは思っていました。しかし今ひとつ、おじいさんにフォーカスした構成に監督の狙いまでは『東京干潟』だけでは私にはみえてきませんでした。
 両作をみおえて、自然と人間とどちらにフォーカスしたかが大きな違いなのですが、逆に共通点はやはり2人のおじいさんです。別の作品で並行して描くことで、監督が作品の中で人間をどうみつめているかをはっきりと浮かび上がらせています。それは経済的なものとか能力の優劣とかではなく、その人がどんな生き方をしているか、という点です。2人のおじいさんが抱える現実の違いはやはり大きく感じます。もし1本の作品でやっていたら、どうしても比較が生じるでしょう。でも2作にわけて作品内で描く比重のかけ方も変えたことで、観客側の受け取り方が変わるのです。キャットフードや道具が並ぶ小屋と、蟹の資料がずらりと並ぶ部屋が同じに見えた。孫の話と猫の話が重なった。どちらの生き方がいいとかじゃなくて、どちらのおじいさんも「元気かなあ」なんて思ってしまうのです。
 人間から虐げられたネコたちや、小さな蟹たちの姿にフォーカスしながら、干潟を通して干潟にいる2人のおじいさんと知り合うことができた。その姿を見つめながら、できれば、しじみもネコも蟹も、もちろんあの2人のおじいさんたちも干潟とともにこれからも生きていけますように、という祈りにも似た監督の願いがくっきりと浮かび上がってきます(『東京干潟』のクライマックスでの祭り囃子は、『蟹の惑星』をみていないと全く受け取る意味が違うと思います)。そしてそれをみた私たち観客も、どちらのおじいさんのような人生にもなる可能性があるけれど、きっと誰とも違う人生をこれからも歩んでいく。そんなたくさんの人たちがまるで干潟のように共存できるといいなあ、と願うのです。このような様々に多重化した面白さが『東京干潟』と『蟹の惑星』両作で生み出される真骨頂なのです。

 実に豊かな時間を過ごすことができた、みてよかったと思える2作品でした。これからも上映の予定があるそうです。その時には紹介したいと思いますので、ぜひ機会をみつけてご覧いただければと思います。(ポレポレ東中野)

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2019年8月24日 (土)

『東京干潟』

0001_20190825103701 ☆☆☆ 重なりからみえてくるものの重み
 待望の村上監督の新作は、実に見応えのある力作でした。しかし私が事前にイメージしていた穏やかなものだったかいうと、そうではなく、むしろいろんなものが小さなトゲのように突き刺してくる鋭さも持ち合わせている作品でした。

 このしじみのおじいさんの行動は昨今のポリコレ的な発想でいけば3秒でツッコみどころ満載かもしれません。住居も、しじみ取りも、ネコの保護も。台風で水浸しになるなら引っ越せばいい、という自己責任論も容易に出てくることでしょう。でもおじいさんの行動が正しいかどうか、意味があるかどうか。そんな物差しではなく、そこに命があることを受け止めることで始まる営みを描くことで、その重みをこの映画は見つめています。

 村上監督の過去作『流 ながれ』も、自分の興味で始めた行動が、当人も思ってないような意義に変質していく過程を誠実にとらえていました。本作でもしじみのおじいさん当人は、自分の生き方にはそれほどのものはないと思っているのですが、少なくとも凡百のよくある生き方でもなく、さらに本当に絶句するような過去もあるという人物が中心となっています。そしてこれも『流 ながれ』ですでに萌芽となって現れていましたが、村上監督はそれを誇張しません。悲愴感も不幸の押しつけも感動的な空気もありません。これは大きな特徴だと思います。これはインタビューをする村上監督の声が、一般的なドキュメンタリーよりも多めに入っていることも関係していて、孤立感から来る寂しさが希薄だったのは、監督との関係性を見せていたからだと思いました。

 『流 ながれ』とは大きく違っていたことが2つありました。ひとつめは撮影です。この映画は監督自身がカメラを回しています。フィックスでどっしりと構えた落ち着きは同じですが、今回は実に印象的な構図が多くとらえられていました。背景に映り込むのは羽田や川崎市の臨港地域ですが、この背景に大きな意味があります。川崎市は今でこそ川崎駅前や武蔵小杉の大型商業施設の成功もあって、住みたい街にランクインするところもあります。しかし南北に長いこの市は南部と北部ではまったく街の性格が違い、特に南部は再開発が進んで大型集合住宅が増えているとはいえ、埋め立て地に工業地帯がひろがり、在日の方や外国籍の方、低所得者層も数多く住んでいます。路上生活者の姿も珍しくなく、時にそういった犯罪(多摩川河川敷での少年犯罪もこのあたりで、記憶に新しいですね)のニュースが世間を賑わせることがあります。また2016年に公開され、観た人の気持ちをどん底に叩き落とした平山夢明原作の映画『無垢の祈り』のロケ地がこのあたりの地域で、もう私としては、その物語にあまりにぴったりな空気だという事実が逆に辛くなったという、そんな独特の雰囲気があります。でも。表には出てこないかもしれないけれど、ここは私たちの繁栄を影で支えてきた人たちの町だともいえます。飛行場や発電所、工場のように住宅地には邪魔な物。けれども我々には必要不可欠な物が集められている。そこがおじさんのしじみ漁の背後に何度もうつってくる。そんな重なり方が雄弁に『東京干潟』という映画で村上監督が紡ぎたい物語を語っています。またナイトシーンの見えない暗がりをしっかりと画で表現した点も効果的でした。
 もう1つは音声。背景の環境音がこれまた実に印象的です。ただ集音マイクでそのまま拾った感じではなく、きちんと整音されて、聴かせたい部分に音がフォーカスされているので、これが映像と重なった時に、その時の映像の印象を増幅させています。セミの鳴き声、飛行機、ヘリコプターや工事の音。あとで監督のインタビューを読むと、やはり神経を使われていたことがわかったのですが、干潟やおじいさんの家の空気感にリアリティがあったのは、観客が村上監督と共におじいさんと一緒にその場にいた状況のように思わせる部分で、これまた大きな意味があったと思います。

 さて私が前述したトゲはいったいどこにあるのかなのですが。この作品は「重なり」で表現されていることを観客が自分の思いを巡らせる映画だと言えます。映像や音声での演出が示すように、多くの要素が複合的なメタファーとなっているのです。したがって、トゲは表出しているのではありません。まるでしじみ漁を手の感覚を使いながら行うように、村上監督の演出によって、観客がその演出意図を受け止めるという中で、こういうことなのかな、という気づきが隠れているように思うのです。
 例えばネコなのですが、一番幸せな状況というのは、あのネコたちがいないことなのです。なぜならあそこにいるネコたちは捨てられてしまったネコなのですから。またネコはとても勝手気ままな存在なので、ひょっとするとおじいさんのことをネコはえさの手段程度にしか考えていない現実もあるかもしれません。けれどお互いが支えになっている現実は間違いなくある。そしてその現実が日常をつくっていて、その日常は私たちからはあの多摩川の景色の中に表面的には隠れているようにみえています。おじいさんは片眼の視力はほとんどありません。けれどその事実は遠方から接している時には気がつきません。そもそもその理由すら気にかけない。でもクローズアップと俯瞰が映画の中で「重なり」を繰り返していくうちに、私たちは気になっていく。橋脚の工事をみておじいさんは工事の過程をすらすらと説明する。おじいさんの過去と結びつくだけでなく、おじいさんにとってはそれがもたらす未来をみている。おじいさんの雇っていた人たちと保護したネコ。おじいさんが作ってきた建造物としじみ。おじいさんの小屋と集合住宅。長い時間をかけて生まれた干潟と一瞬で破壊する工事現場。多くの「重なり」が、観客の中におじいさんへの「へえ!」と「すごいなあ」と「大丈夫かなあ」という感情を複合的に呼び覚ますのです。クライマックスの台風部分で(非現実的な)祭り囃子が響くことが強く印象に残ります。村上監督がこの状況をポジティブに見つめ、おじいさんが困難に負けずにこれからも生きていてくれますようにという願いのように祭り囃子が聞こえてきます。

 残念だったのが構成の部分で、特にテロップが多用されはじめた後半部分で作品のリズムが変わってしまった気がしました。こういう作品で緩急をつけるのは難しいと思うのですが、映画としてみた時に、河口部での工事がはじまったあたりから、駆け足な感じになってしまったのです。全体のバランスとしてみた場合、紹介としての前半、おじいさんの人生の中間、そして工事が始まった後半部分で、後半部分の印象が他の部分より希薄になってしまった気がしました。あそこでもう一度、それでも変わらぬおじいさんの日常でもよし、変わり始めた村上監督の関係でもよし、じっくりと流れるようなテンポがあった方が台風のところはより効果的だった気がします。

 私たちは現実の中で見えていても気がつかない物がたくさんあります。この作品はそこにスポットを当てながら、「重なり」からみえる重みも伝えています。そして私たちに違う物の見方を示唆して、ちょっと立ち止まる時間を与えてくれます。シネコンで公開される映画群に紛れ込んで気づかずにいるのはもったいない、小品ですが豊かな作品です。おじいさん、ネコ、干潟、どこが入り口でも構いません。けれどみおわったら、きっと次にみる景色への印象は変わっているはずです。(ポレポレ東中野)

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2019年8月 5日 (月)

『アポロ11:ファースト・ステップ版』(鹿児島市立科学館)

 『アポロ11』についてのことは、前回のブログ記事を読んでいただいて。その中で驚いたのが70ミリフィルム映像がアーカイブで発見されたという事実。そもそも機動性を考えたら記録映像で70ミリフィルム(正確には65ミリフィルムですね)で撮影したなんてビックリですが、それだけの価値があると予算も割かれたのでしょう。一体どんな映像になっているのかなあと思ったのですが、まさかまさかの日本公開。しかも鹿児島市立科学館では70ミリフィルムによるオムニマックス上映というニュースが! これは行くしかありません。が、でも遠いなあ・・・というのが前回まで。

鹿児島、行っちゃいました!(笑)
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久しぶりに映画のための遠征です。(もうそれだけで大興奮です。)
まず立地ですが(あくまで旅人向け)鹿児島中央駅からだと徒歩は辛い距離です。公共交通機関利用となると鹿児島中央から市電、バスなどでとなります。トータルで30分ぐらいみておくとよいのではないでしょうか。ちなみに火曜日が休館、さらには平日は本作の上映が1日1回(土日祝のみ16:10の回があり)なので気をつけてください。
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 科学館自体はあまりゆっくりとできなかったのですが、オーソドックスな感じの施設でした。さあ、いよいよ5階の宇宙劇場へ。ロビーには作品についての解説類が。
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 さすが、科学館な展示です。おおっ、なんと映写室がガラス張りになっている!
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 おおおっすごい! 私も何回かはみたことがありますが、今となっては国内でも貴重な施設です。大興奮している私ですが、一緒の回をみる予定の親子連れは、同時開催の展示関連で同じく映写室内の並べられていた虫かごの昆虫たちにガラス越しに大興奮(笑) 映写室内がきっと空調が効いていて過ごしやすいからかなあと察しましたが、君たち、文化とは昆虫も大事だが、失われゆくものの方が価値はあるぞ、きっと(汗)。ほら、これがプラッターで、そこに巻かれてるのがフィルムで、ねっ!幅が広いでしょう?!と力説したくなる気持ちをグッと抑えます(大汗)。上映後には映写技師の方の作業の様子も。お疲れ様でした。(凝視してスミマセン(汗)。)
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入り口には過去の大型映像作品のポスター類が(入場時にしかみられないのはもったいないです)掲示されていました。

 さて上映スタート。かつての映写室とおぼしき窓が完全に目隠しされていたので、一体どこから映写するのだろうと思っていたら、ドーム中央部のプラネタリウムの投影機が降下し、ぬわんとすぐ席の隣(ドーム中央部中央通路沿いのオレンジのところ)から上映用の映写ガラス部が出現! 映写機の音が思いっきり聞こえます。まあ気になる方にはかなりノイジィだと思いますが、個人的にはあのカタカタとしたフィルム映写機の音すら愛おしく感じます(汗)。まずは予告があって、字幕なしな点からも、もともとのプリントについていたのかなあと推測。これはいわゆる通常のIMAX画角で、まあ、こんなもんかあと思ったら、ここからが本領発揮。本編はいきなりの全天周ドーム映写へ。
驚き、しかなかったです。
この質感、すっかり忘れていました。IMAXのフィルム版をみるのはいつ以来でしょうか。でもそこでみたのはやはり驚愕の映像でした。この映像の情報量はすごい。これだけ大きな映像なのに破綻がない。ウソっぽくない。確かに場内はシネコンから比較すると明るめだし、コントラストや先鋭感には欠ける部分はあります。ドームに投影なのでドーム壁面の継ぎ目の目立ち方は一般的な映画館とは比較にならないぐらい目立ちます。音響も悪くはないですが、最先端とは言えません。でも。圧倒されます。特にサターンロケットが打ち上げられる時のショットは、画質は事前情報から考えても65ミリカメラで撮影されたものではないか思われましたが、一緒に私も見上げている感覚になりました。この没入感はこれでしか味わえないでしょう。

 実はラージフォーマットと呼ばれる上映形態に関しては、IMAXやScreenX、ドルビーシネマなど、近年さまざまなトピックがありました。また70ミリプリントによる上映という括りで拾っただけでも、注目すべきトピックが多かったのです。例えば海外ではC・ノーランやQ・タランティーノが撮影時からのこだわりで上映時にも70ミリプリントによる上映を希望したり、定期的に上映している映画館があったりしています。一方国内ではフィルム上映がどんどん少なくなり、70ミリプリントの上映可能館が絶滅状態である中、国立映画アーカイブ(導入当時はまだフィルムセンター)が70ミリ上映設備を稼働できるようにさせたことは大きなニュースでした。2017年、記念すべき上映1作目の『デルス・ウザーラ』はプリント自体の状態の良さに驚愕しましたし、2018年の『2001年宇宙の旅』は前売りがプラチナチケットと化したために、当日券を求めるために早朝から並んで国立映画アーカイブで鑑賞し、これもまた素晴らしい経験でした。ただ『2001年宇宙の旅』はもちろん映像は凄かったけれど・・・でも私は、後で成田HUMAXシネマズでみたIMAXデジタル版の素晴らしさを上にとりたいのです。確かに画調は違いました。70ミリプリント版の宇宙の表現はおおっと思ったし、フィルムってこうだよなあとも思ったけれど、やはり70ミリプリントでの映写はあの国立映画アーカイブ程度のスクリーンサイズで上映するためのフォーマットではないと思うのです(もちろん上映自体は快挙で、この試みは諸手をあげて大賛成だというのはあらためて述べるまでもないですが)。だって32インチモニターで2Kと4Kの比較をブラインドでやってみたら、どっちがどっちだか相当迷うと思います(汗)。70ミリフィルムの真価は大型スクリーンでの上映で、さらに発揮されるのです。

 そんな中での今回の上映は間違いなく貴重な体験でした。オムニマックスでの上映というのも大きかった。過去に数回体験している中で、一番強烈だったのはやはり筑波万博の富士通パビリオンで上映された「ザ・ユニバース」でした。あの大口孝之さんもこれで人生が大きく動いたとおっしゃってました。この没入感はオムニマックスという上映形態ならではです。しかし全天周映像でオムニマックス(IMAXドーム)のようにフィルムで稼働しているところは現在ありません。有名なところでは浜岡原子力館も現在はデジタル素材のみの上映になったようですし、北九州スペースワールドのギャラクシーシアターも2017年で閉館になっています。まあ多分コストパフォーマンスとか作業効率でいったら、あのとんでもない総重量になるフィルムでいくならばIMAX2Kデジタルの方を選択するのは仕方がないと思います。でも。本作のデジタル素材をまだIMAXドームで鑑賞していないので断言はできないのですが、今回の上映をみると、70ミリプリントにアドバンテージがあることを再認識しました。実際近年のDCPの優秀さは素晴らしいと思います。でも大画面でみた場合、それは物の輪郭表現だったり、色味だったり、漆黒の深さだったり、細かい物差しをあげていくと大きな差ではないのかもしれません。でもトータルのパッケージとしての「画質」でいうならば、私が考える以上に情報量に大きな差がありました。

 私自身、IMAXフィルム上映に限定してもいろんな思い出があります。IMAX上映専門館としてオープンしたタカシマヤタイムズスクエアの東京アイマックス・シアターでみたジャン=ジャック・アノー監督のIMAX史上初の実写ドラマ『愛と勇気の翼』(しかも当時は珍しい液晶シャッターメガネによる3Dだった)。凄まじい創作過程で知られるアレクサンドル・ペドロフの『老人と海』。通常版とは完全に別物だった『ファンタジア2000』。あの真賀里文子さんが作った全編ストップモーションアニメ(!)のIMAX作品『天までとどけ』。そしてわざわざ大阪までみにいった『U2 3D』。みんな大きい画面での上映に意味がありました。『U2 3D』なんてデジタルの通常上映版とは別世界で、メンバーと一緒に演奏したような臨場感があって感動が段違いでした。迫力とか臨場感とか没入感とか、いろいろな表現ができると思いますが、こういう家庭では実現できないスケールとクオリティがあるということは、結局「映画館にみにきてよかった」という言葉に尽きると思うのです。
 もちろん誰にでもすすめるものではありません。わずか45分、中身は真面目なドキュメンタリー、しかも鹿児島(神奈川在住の私としては、これが動機の1つで鹿児島に出かけたというのは、なかなか理解してもらえないことの方が多いですね(汗))。映画好きな方でもこういう方面に興味がある人にでないと、という条件付きではあります。でももし、あなたが映写機の話でわくわくするならば。70ミリとかシネラマとかIMAXという言葉で心躍るならば。国立映画アーカイブでの70ミリ上映で感動したならば。あなたにとって忘れがたい映像体験となることでしょう。そのぐらい素晴らしかったです。ぜひご自身の目で確かめてみてください。

 

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